第4話 神懸かった体術

【side少女】

「追いついたぞっ」


「げっ、な、なんだあれっ!?」

「ま、魔獣に乗ってやがるっ!?」


「シルビア、ジャンプッ!」


『ワオーーーン!』


 盗賊達の悲鳴に近い声が通り過ぎていく。


 頭上を通り過ぎたあまりにもレベルの違う速度で接近した巨大な獣の姿に、ラプトル達が恐れおののき動きを止める。


「うわぁあっ」

「ぐげっ」


 急激に足を止めた騎獣の衝撃で前のめりに倒れ込む盗賊達。


 ラプトル達は固まり、その場に伏せてしまう。


 多分圧倒的な捕食者である魔獣に恐れをなしたんだ。


『ガルルル……ウォンッ!!』


『ギャウッ!』

『ギャワワッ!』


「あ、お、おい待てッ!」


 獣の咆哮によって騎獣達が一斉に走り出す。

 それはまるで「見逃してやるからどっか行け」と言われて一目散に逃げ出したかのようだった。


「さて、こいつらから何を聞き出せば良いんだ?」


 私をシルビアに乗せたまま、大地に降り立つ。

 ファガンはそのまま盗賊達に近づいていった。


「く、くそっ」


 盗賊は武器を手に持って起き上がりざまに振りかぶった。


「え……?」

「なっ!? ば、馬鹿なッ!」


 あろうことか、盗賊の刃はファガンの指先で摘ままれて止められていた。


「よいしょっ」


 パキィイイインッ――


 ファガンの指が真っ直ぐ堰き止められた刃の中心に落とされる。


 軽く押し込んだようにしか見えないのに、固く鍛えられた金属は真っ二つに砕け散った。


 信じられない光景を見た盗賊はそのまま硬直してしまい、ずるずると腰の力が抜けてへたり込んでしまう。


「あ、悪い。武器壊しちまった」


「こ、この野郎ッ」


(な、なんて早さ……)


 武器を振りかぶって一斉に襲い掛かる盗賊達。


 ファガンは迫り来る幾重もの刃を落ち葉を躱すかのように軽やかにステップを踏んでいなしていく。


 背中に向かって振り下ろされたナイフが指で摘ままれたのを見て驚愕の表情を浮かべた。


 なぜならファガンはこちらをまったくみていなかったからだ。


 背中に目が付いているのかと錯覚するほどだった。


(信じられない。ただの盗賊とはいえ、"天神族"の手先をあんなにあっさりっ……)


「うーむ、こいつらは大した強さじゃないみたいだな」


 時間をかけても居られないと判断したファガンは、盗賊達の武器を奪って足払いを掛ける。


 それは一瞬のうちに四人全員が丸腰にさせられ、手持ちの予備武器、隠し武器含めて全てを奪い取られていた。


 両手の指に挟まった何本もの剣やナイフ。

 それらを手品のようにくるくるもてあそび、転んだ盗賊達の足下に突き刺した。


 そしてどういう原理か甲高い音と共に金属製の武器は粉々に砕け散って風に舞っていった。


 まるで手品を見せられているかのようだった。自分でもあんな動きが見えたのが不思議でしょうがない。



「ひえっ!?」


「こ、こいついったいっ!?」


「お、おいっ、ヤツのステータスを見ろッ!!」



 ステータス? そういえば人間族の奴らが時々使っていると先輩の冒険者から聞いたことがある。


 意味は分からないけど、彼らにとってとても重要なことらしい。




「そ、測定不能ッ? げ、限界レベル無限だとっ!!」


「バカなッ、そんなバカな……」




 そうだ。奴らは強さの指標を図る時に「レベル」という言葉をよく使うらしい。恐らくは相手の強さを示すなにかだと思うけど、天神族やその属軍とまともに戦った経験のない私には詳しいことが分からない。




「さて、これで大人しくなったかな。何を聞いて欲しい?」


 大人しくなった盗賊達を1箇所に纏め、私は彼らを尋問する。


「お母さんはどこっ!? 捕まえた奴隷はどこに連れて行かれるのッ!?」


「そ、そんなこと言えるわけないだろ」


『ガゥウウッ』


 シルビアが大口を開けて迫る。

 慄く盗賊の口が自然と滑り出した。


「ひぃいいいっ!! ひ、東にある町の奴隷商に引き渡す予定だっ。そこで選別して値段の高い商品は中央都市に……」




「東……ハスタリアね」

「遠いのか?」


「かなり。でもシルビアの早さなら結構短時間で」


『ガウッ! ガウッ!』

「わっ、な、なにっ!?」


「呼び捨てにするな。シルビアちゃんと呼べ、だって」


「言葉は何となくしか分からないんじゃなかったかしら……」


「なんか段々分かるようになってきたんだよな」


「どんな適応力よ……ま、まあ良いわ。シルビアちゃんの速度なら今日中に追いつけるかもしれない。お願い、力を貸して」


『わぉんっ! ぐるるっ、わんっ!!』


「な、なんだって?」


「母を助けたい気持ちに心打たれた。力を貸してやる、だって」


「あ、ありがとう……。本当にありがとう」


 私はシルビアに心からの謝辞を述べる。

 獣に、しかも魔獣と恐れられた存在にこのような気持ちになるとはつゆほどにも思っていなかっただけに、その心境は複雑に過ぎた。


「あ、あの……ファ、ファガン……」


「おうっ、なんだ?」


「その、あなたは……」

「もちろん俺様も力を貸すぜッ! 約束したらなっ!」


 快活な笑顔でハッキリとそう述べるファガンに感動を覚えるイヴ。彼女の胸の高鳴りは更に高まった。


「女が困ってたら最後まで手を貸してやれってのが師匠の教えだ」


「師匠?」

「おうっ、それより急いで出発した方が良いんじゃないか?」


「そ、そうね。今からなら追いつけるかもしれない」


 シルビアに飛び乗り、その場を出立しようとする。


「お、おいっ、俺達はどうすれば良いんだ。こんなところに丸腰で置いて行かれたら野垂れ死にしちまうっ」


「だってさ。どうする?」


 私は歯噛みする。村の人達のカタキ。でも……。


「今はこいつらに構ってる暇は無いわ」


「だそうだ。悪いな」


 ファガンの手がシルビアの背中を軽く叩く。

 タタッと軽快な音で土を踏み、俊足で風を切り始めてその場を後にする。


 取り残された盗賊達は絶望の表情を浮かべて追いすがろうとするも、その手は空を切ってしまった。



『うおおおおおおおおんっ!!』


 咆哮を上げながらシルビアが走り出す。


「良かったのか? あいつら親の仇だろ?」


 私の唇は血が滲むほど噛み締められている。


 私は走るシルビアの背中に揺られながら真っ直ぐ前を向いて振り返らないようにたえた。


「優先順位の問題よ。今は恨みを晴らすより、助けられる可能性の有る方を選ぶわ」


「へぇ、お前、立派だな」


「あ、ありがとう……それと、協力感謝するわ」


「礼には及ばねぇ。必ず助けてやるから安心しろ」


『うぉんっ、わんっわんっ』

「どうしたって?」


「心配しなくてもあいつらは私の手下共が綺麗に食べてくれるってさ。はらわた引きずり出して食うのが大好きだから楽には死ねないだろうって」


「そ、そうなんだ。流石にそこまで行くのは哀れね……でも、いい気味だわ」



 今の遠吠えで後ろに広がる森から、縄張りの魔物達が獲物の匂いを嗅ぎつけてこちらに近づいているのを盗賊達が知覚するのは間もなくだった。


 


 どうして見ず知らずの自分にこんなによくしてくれるのか。

 冒険者として殺伐とした日常で生きている私にとっては不可解でしかない。


 しかし、それでも彼の純粋な善意に甘える他なかった。


「そういえば、名前聞いてなかったな」


「イヴ……イヴ・リンカニア・エルロー……。それが私の名前よ」


 その名前を聞いたファガンの表情に、ほんの僅かな含みが表れたことを、私は気が付くことになる。

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