第6話 天神族

【sideイヴ】

「なあイヴ、聞いて良いか?」

「どうしたの?」


 シルビアちゃんの高速移動によって景色はぐんぐん変わっていく。

 そんな中で真っ直ぐ前を見て風を切るファガンが話しかけてくる。


 私は向かい来る風に目を細めながら、背中越しにファガンの声に応えた。


「さっき人間と魔族は敵対してるって言ってたけど、その辺もう少し詳しく教えてくんねぇか」


「やっぱりあなた、そういう常識を知らないのね。どんな田舎の人だって大まかには知っていることなのに。別の世界から来たって言うのは本当なのね」


 別の世界から来た、なんて非常識をすぐに受け入れるなど通常は不可能だ。


 だがあれだけ非常識な出来事を連続で見せつけられては、彼の言っていることをそのまま信じる他なかった。


「ああ、その通りだ。まずはこっちの世界の常識を知っておきたい。そういう意味では、イヴに出会えて良かったぜッ!」


(ッ……そんな無邪気な笑顔向けられたら……)


 心臓が再び高鳴った。邪気のない快活な笑顔。

 1番最初にみた時から、その透き通るような青い瞳が眩しい。


 よく見ると彼の瞳は爬虫類モンスターのように縦筋の入った目をしている。


 自分は直接遭遇したことはないが、ドラゴンというモンスターはこのような目を持っているらしい。


 リュウジンと自称する彼が、リュウに関する何かである証拠のような気がしてくる。


 しかしそれを爬虫類モンスターと評して良いのかは分からない。その色があまりにも透き通って美しいからだ。


 そんなファガンの瞳に魅入られつつ、質問されたこの世界の常識について話し始めた。


「詳しいことは追い追いゆっくりできるときに説明するけど、まず人間と魔族は敵対しているわ。いえ、敵対というより支配関係ね。その原因は、昔あった戦争なの」


「戦争か。俺様は経験したことないな」


「私も直接はないわ。終わったのは私が生まれる前だっていう話だし。それで、戦争に勝った人間族は、その他の種族全部を魔族とひっくるめて差別し始めたの」


「魔族っていうのは人間以外の種族の総称ってことか」


「そうよ。私は正確に言えば魔人族。この大陸には六つの国があって、それぞれの生活圏を支配している代表の六種族がいるの。細かい分類はあるけど、おおよそは六種類と思ってくれて構わないわ」


「人型だけど特徴が違うってことだな。でも襲ってきたのは人間なんだろ? どうして蹂躙されてしまったんだ?」


「それはこの世界を支配している種族に関連してるわ」


 細かく分けるとキリがないが、おおよそこのような種族が息づいていると、イヴは大雑把、かつ手短に説明する。


「へえ、やっぱりこっちにも竜人族がいるのか」

「そうね。滅多に人前に出てこないから本の中でしか知らない人達だけど、あなたとは随分特徴が近いと思う。でも、角を出し入れするっていうのは聞いたことがないわね」


「正確には俺様はハーフだからな。龍神の血は半分だ。角の出しっぱなしは目立つだろうって言われたから引っ込めるように練習した」


「そ、そうなのね。練習でどうにかなるようなものなのかしら……?」


(やっぱりこっちの世界の竜関係とは随分特徴が違うのね。異世界から来たのは間違いないみたいだし)


「そんで、さっき言ってた支配してる種族ってのは?」


「その一つの種族は人間族と関係がかなり近いの」


「どういうこった?」


「その名前は『天神族』。元は人間族だったんだけど、ある事がきっかけで神の一族に名を連ねることになった特殊な人達よ。そして、人間族を従えているのがこの天神族。先の戦争で勝利した、支配階級の人達」


「へぇ、なるほどね。人間が神に、かぁ」


「あんまり驚かないのね……人間が神になったのよ。それともあなたの世界ではそんなに大した出来事ではないのかしら?」


「ん、ああ、えっと。(父上と同じだしな……でも同じにすると父上大好きな母上"達"に怒られそうだ)」

「え、何か言った?」


「うんにゃ。なんでもねぇ。そんで、その天神族様が他の種族を奴隷扱いしてて、そのおこぼれに預かってる人間族が幅を利かせてるってことで良いのか?」


「ええ、おおむねその解釈で間違ってないわ。と言っても、人間族も悪い人達ばかりじゃないんだけどね。実際同じ土地に暮らしてる町もあるくらいだし」


「なるほど。一部のお偉いさんがふんぞり返ってるせいで、人間族全体のイメージが悪いってことなのかねぇ」


「その通りよ。でも、最近までそこまで悪い関係ではなかったのよ」


「何かあったんだな?」



「ええ。天神族が最近作った"ある法律"ができたせいで、人間と他の種族が仲違いする要因になっているの」


「それはなんだ? 奴隷狩りの対象になるってのと関係あるのか?」


「あなたって見た目に反して結構勘が鋭いのね……その通りよ」


 よく考えてみれば、一番最初に現れた時も、感情的に一方に肩入れするのではなく、互いの要素を分析してどっちに味方するのか思慮している節があった。


 結局人道的な観点からこちらの味方になってくれたが、何か条件が違っていたら同じ結果にはならなかったかもしれないと考えると、ファガンの思慮深さに感謝した。



「はっはっは、見た目脳筋なのは認めようッ! 師匠に散々殴られて教え込まれたからな」


「あはは……。良い師匠なのね……。それで、その天神族の作った法律っていうのが、"天神族は人間以外の全ての種族を奴隷にしていい"っていう法律よ」


「なんだそりゃ……。めちゃくちゃじゃないか」

「ええ、めちゃくちゃよ。そのせいで天神族の手駒である人間族の多くは他の種族を下に見て、虐げるようになった」


「あの盗賊共も、その上層部の命令で動いてるってことなのかねぇ。奴らが言っていた『上の命令』っていうのは天神族のことか」



「最終的に辿り着くのはそこでしょうね。実際は取り分け人間族の中でも力の強い貴族階級の差し金でしょうけど」


「それで、人間族が他の種族を力で圧倒できる理由ってなんだ? この世界の人間種はそんなに強かったのか?」


「いいえ、それが天神族の特殊能力。簡単に言うと、天神族は人間族に力を分け与える事ができるの。奴らはそれを"祝福"と呼んでるわ」


「もしかして、その分け与えられた先の奴も、更に下の奴に分け与える事ができるとか?」


「ええ、その通りよ」


「ひょっとして、分け与える人数が多いほど、天神族個人の力も強くなるとか?」


 あまりにも細かな分析に私は驚きを隠せなかった。


「そこまで細かい条件は分からないけど、人間族が急激に力を付けたのは事実だからその可能性もあるわ。どうしてそう思うの?」


「元の世界に似たスキルを持った人が身近にいてな。あっちはもっと規模がでかかったが……なるほど。それで戦争が終わってから今日まで、人間族が力を付けて他の種族を圧倒できるようになったってことか」



「ええ。今の人間族に対抗できるのは、それぞれの種族でも上位階級の力の強い人達だけ。私達のような下位部族では、為すがままに蹂躙されるしかないのよ。だから大きな町で暮らしている人以外は、目立たないようにひっそり暮らすしかなかった」


「なるほどな。こりゃぁ対抗のし甲斐がありそうだ。俺様があの森に、イヴと出会う場所に送られたのも意味があるのかもな」


「ファガンがどういう経緯でこの世界に来たのか、じっくり聞きたいところね」


「ところで、人間族が天神族に進化したきっかけっていう"ある出来事"ってのはなんなんだ?」


「それは……」



『わおんっ!』


「むっ……どうやら追いついたみたいだぞ。とりあえずその辺は後で聞いていこうか」


 イヴ達の視界に街道から大きく外れた目立たぬ場所に、大型のラプトルに引かれている檻付きの荷獣車が列を作っている。


 大型のラプトルに引かれた幌(ほろ)付きの獣車が三台連なり、それを護衛するように小型のラプトルが10頭いる。


 二人は高速で近づいていく盗賊達の戦闘態勢に入った。

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