エピローグ

第15話 これからもいっしょに

 橋の上には、しま模様のトラとたてがみを生やすライオンが並んでいる。


「ガオオォォォ!」

「グワオォォォ!」


 もちろん、たぬきときつねが葉っぱで化けているだけのニセモノだ。

 それでも口を大きく開けてほえるその姿は、本物に見えるほど見事な化けっぷりだ。


「ガオオォォォ!」

「グワオォォォ!」

 トラとライオンが鋭い牙を見せながら再びほえる。


 それに合わせて橋の右側から中央に向かって大きな玉が、左側からは大きな火の輪がカワウソたちによって運ばれてくる。


「きゃはは! 準備オッケーだよ! みんながんばってー! きゃはは!」


 大玉と火の輪を運び終えたカワウソたちは、すぐに橋の左右にもどっていく。一匹だけ足をすべらせてカワウソが橋から落ちたけれど、何事もなかったかのように川の流れに沿って泳ぎだす。


「ガ、ガオオ!」

「グ、グワオ!」

 トラとライオンのほえる声がほんの少しだけふるえる。


 用意された大玉も火の輪も本物ではない。

 カワウソたちが化けているから安全だ。


 しかし、たぬきもきつねも、猛獣に化けて大玉に乗ったり火の輪をくぐったりしたことは一度もない。そのせいで緊張しているのだろう。

 しかも周りには多くの観客がいて、大声で応援してくるから化けにくいったらない。


「どっちが化けるのが上手なのか。おいらの一つ目なら絶対に見のがさないぜ!」

 一つ目小僧は、めずらしいものを前にして目玉を皿のようにしている。


「あらあら。しっぽだけ元にもどっているじゃないの」

 長い首をかしげながら見ているのはろくろ首。


「カッカッカッ! おれが水をかけて教えてやろうか?」

 カッパが塩もみきゅうりを食べながらからかうように言う。


「やめとけやめとけ。そんなことしたら化けの皮まではがれてしまうぞ」

 砂かけばばあは、特製の漬物をみんなに渡しながら注意する。


「雨が降ってきたらお入りくださ~い」

 急な天気の変化にも対応できるように唐傘おばけも一本足で動き回っている。


「がんばれ、たぬきー! 負けるな、きつねー! かわいいぞ、カワウソー!」

 今日は腰の調子がいいのか、天狗は大きな翼を羽ばたかせている。


「ぽんぽこぽこぽん……おいらたちが化けていたずらするとみんな怒るのに……」

 トラに化けているたぬきが小声でつぶやく。


「こんこんちきちき……どういうわけか今日に限ってはみんな笑っているわよ……」

 ライオンに化けているきつねも小声で返す。


「きゃはは! ねぇねぇ遊ぼうよ! 早く早く!」

 火の輪と大玉に化けたカワウソは、楽しければなんでもいいと笑い声をあげる。


「それではこれより、たぬきさんときつねさんの化かし合い勝負を始めます!」

 橋の左側に立っていたヒロが大きな声で告げる。

「ルールは簡単です。どちらがより上手く化けて、みんなを楽しませることができるか。みんなには、どっちがすごかったのか、選んでもらいます!」


「うおぉぉー!」

 妖怪たちから大きな歓声がとどろく。


「ぽん……」

「こん……」

 橋の上にいるトラとライオンは、借りてきたネコのように静かになっている。


「今までたぬきときつねのいたずらにみんな困らされてきたよね?」

 橋の右側から現れた鬼丸も大声で話し始める。

「だけど、今日からはもう心配しなくていいよ。たぬきときつねには、化かし合い勝負で決着をつけてもらうことにしたからね。その勝敗をつけるのは……わたしたちだー!」


「うおぉぉー!」

 再び妖怪たちが興奮した様子で手をたたき、足で地面をふみ鳴らし、水中を泳ぎ回り、空中で宙返りをしてみせる。


「おれはまだ許してないぞ! たぬきにきつね! よくもまっ黒に染めてくれたなぁ!」

 反対の声をあげたのは一反木綿だ。

 過去にされたいたずらのことをまだ怒っているらしい。


「あら。色違いの一反木綿もカッコよかったわよ」

 ろくろ首が首を長く伸ばしながら笑いかける。


「え、本当か? それなら許してやる! しっかり化けてみせろよ!」

 一反木綿は、ひらりくるりとはたをふるように熱い応援を始める。


「たぬきさんときつねさん。準備はいいですかー?」

 ヒロが勝負の前に意気込みをたずねる。


「ガ、ガオ……」

「グ、グワ……」

 たぬきが化けたトラも、きつねが化けたライオンも、始める前からすでにつかれているような声を出している。


「たぬき! きつね! シャキッとしなさい! みんなを楽しく化かすんでしょ!」

 鬼丸の大きな声は、二匹のしっぽをたたくような勢いがあった。


「ガオオォォォ!」

「グワオォォォ!」

 たぬきときつねは自信と元気を取りもどし、みんなの背筋をふるえあがらせるほどの迫力はくりょくあるほえ姿を見せる。


「それでは始めてください!」

 ヒロが大きな声で開始の合図を告げる。


「ガオオォォォ!」


 最初に動いたのは、しま模様の入った巨体を持つトラだ。


 カワウソが化けた火の輪をにらみつけると、鋭い爪の生えた足で走り出す。


 タイミングを合わせて思いきりとびはねて火の輪をくぐってみせた。


「おおー!」


「すごい!」


「お見事!」


「やるじゃないか、たぬきのやつ」


「よーし! よくやったー!」


 周りにいた妖怪たちからもおどろきとよろこびの声があがる。


「ぽんぽこぽこぽん! ぽこぽんぽん!」


 たぬきは、トラに化けた姿のまま自信満々におなかをたたいてみせた。


「グワオォォォ!」


 立派なたてがみを身につけたライオンもゆっくりと動きだす。


 カワウソが化けた大玉に二本の前足を乗せてから二本の後ろ足を乗せる。


 そこで大玉が勢いよく転がり、上に乗ったライオンが落ちてしまいそうになる


「危ないっ!」


 鬼丸の悲鳴にも似たさけび声が響く。


「グワオ!」


 ライオンは、大丈夫、と言うかのように大きくほえる。


 大玉は橋の手すりにぶるかる寸前で止まり、上にはライオンが載ったままだ。


 あっちへ転がり、こっちへ転がり、危なげなくも見事に大玉を乗りこなしている。


「あはは!」


「いいぞー!」


「気をつけろー!」


「上手いじゃないか、きつねのやつ」


「調子に乗って落ちるなよー」


 妖怪たちからは、笑い声やほめる言葉がかけられていく。


「こんこんちきちき! こんちきちき!」


 きつねは、ライオンに化けた姿のまま優雅ゆうがにしっぽをふって見せる。


「たぬきさん! きつねさん! カワウソさん! ありがとうございました!」


「たぬきもきつねもすごかったよ! カワウソもよくがんばったね!」


 ヒロと鬼丸は、楽しい化け勝負を見せてくれた三匹に感謝の言葉をかけていく。


「ぽん!」


「こん!」


「きゃはは!」


 たぬきときつねとカワウソが返事する。


 それから、たぬきときつねのどちらがすごかったのか、みんなで投票するはずだった。


「ガオオォォォ!」


「グワオォォォ!」


「きゃはは!」


 しかし、たぬきときつねがもっと化けたい、と火の輪くぐりや大玉乗りを続ける。カワウソもいっしょになって遊んでいる。


 いつもは怒られてばかりだから、みんなにほめられてとてもうれしかったのだろう。


 しばらく好きなように化けさせようと見守っていると、山の頂上から風が吹き始めた。


「あっ」


 最初に気がついたのは鬼丸だった。


「あっ!」


 おくれてヒロも気がついた。


 砂ぼこりや葉っぱを巻きあげながら三つのつむじ風が勢いよく向かってくるではないか。このままでは、橋にいるたぬきときつねとカワウソにぶつかってしまう。


「みんな集まってなにやってるのー」

「楽しいことをやってるならー」

「おれたちといっしょに遊ぼー」


 つむじ風から声が聞こえてくる。

 不思議なことなんてなにもない。

 なぜならその正体は、妖怪なのだから。


「かまいたちさん! 止まってください!」

「ちょっと待って! かまいたち!」

 ヒロと鬼丸がつむじ風を起こしている妖怪かまいたちに大きな声で呼びかける。


「えー? なにー?」

「聞こえないよー?」

「なんて言ってるのー?」

 かまいたちは、つむじ風を起こしたまま勢いよく橋に向かってやってくる。


「みんな! にげてください!」


「早く! ここからはなれて!」


 呼びかけを聞いたみんなは、すぐに動き出す。


 一つ目小僧や砂かけばばあやろくろ首は森の中へ、天狗や一反木綿は空へ、カッパやカワウソは川へにげこむ。


 しかし、化けることに夢中になっていたたぬきときつねは、動き出すのがおくれた。


「ガオ?」


「グワ?」


 気がついた時には、すでにおそかった。


 かまいたちの起こした風によって宙に飛ばされて次々に川へ落ちていく。


「たぬきさん! きつねさん!」


「大丈夫? ケガはない?」


 ヒロと鬼丸がすぐに川へ向かって声をかける。


「カッカッカッ! 安心しろ! みんな無事だぜ!」


 川に入っていたカッパたちがたぬきもきつねもすべて助けてくれた。


「きゃはは! みんなで泳ぐの楽しい! きゃはは!」


 カワウソは、川遊びと思っているようで相変わらず楽しそうに笑っている。


「ぽんぽこぽこぽん……」


「こんこんちきちき……」


 川の水でずぶぬれになったたぬきときつねは、体をふるわせてつぶやいた。


 たぬきときつねの化かし合い勝負の結果――引き分け。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ちょっといい?」


 たぬきときつねの冷えた体を温めるためにたき火をしようと、木の枝や葉っぱを集めている時、ヒロは鬼丸から声をかけられた。


「うん。どうかしたの?」


「渡したいものが、あるんだけど」


 鬼丸は、顔を赤らめながら手を背中にまわしている。


「渡したいもの?」


 ヒロは、見せたいものがあるから、と鬼丸に言われていたことをようやく思い出した。

 鬼丸は、顔を上げたり下げたり手を出したり引っ込めたりしていた。

 しばらくして、ようやく渡す気になったのか、右手を差し出してくる。


「これ、あげる」


 その手のひらの上には、白くて小さいとがったものがのっている。

 それがなんなのか、すぐにはわからなかった。

 ヒロが顔を近づけてじっと見つめると、その正体に気がついた。


「これってもしかして……鬼の角?」


 以前、ヒロは似たようなものを見たことがある。

 鬼丸のランドセルについているお守りの中に入っていた角だ。

 それを拾ったおかげでヒロは、妖怪の世界へ入ってこられた。

 あれは父親の角と言っていたけれど、これはいったいだれの角なのか。


「これは……あたしの角……」


「え? 鬼丸さんの?」


 ヒロは、手のひら角と鬼丸の顔を何度も見る。


「最近、生え変わったから」


「そうか。鬼の角も人間の歯のように生え変わるって言ってたね」


「これ、古いやつ。だから、あげる」


 鬼丸は、ぶっきらぼうに言いながら持っていた角をヒロの手ににぎらせる。


「ありがとう。大事にするね」


 ヒロは、うれしそうに笑みをうかべて角を太陽にかざしたり指でなでたりする。

 角の先端は丸みがあるため、指でおしても痛くなかった。


「あ、あんまり見ないで! は、はずかしいから!」


「ご、ごめん。めずらしくてつい……」


 顔を赤くして怒る鬼丸に対してヒロの顔色は青くなる。


「でも、本当にぼくがもらっていいの?」


「うん。お父さんとお母さんとも相談したら、きみなら渡してもいいって」


「本当にありがとう。これがあったらいつでも妖怪の世界へ来られるよ」


 ヒロは、さらにうれしそうな笑みを見せる。

 それから、まだ見たことも会ったこともない妖怪やおばけに胸をふくらませる。


「楽しみだなあ。あ、サインもほしいから色紙とペンも持ってこないと」


 その様子を見ていた鬼丸が真剣な表情で話を続ける。


「一つだけ約束して」


「なに?」


「妖怪の世界には、危ないところもいたずら好きな妖怪も多いから、一人で歩いていたらケガすることもあるかもしれない」


「そうだね。今日だって鬼丸さんがいなかったら、落とし穴から出られなかったよ」


「だから、ここに来るときは、あたしもいっしょ。それでもいい?」


 鬼丸がじっと見つめてくる。


「もちろん! ぼくも鬼丸さんといっしょの方が楽しいから!」


 ヒロは、目をかがやかせながらすぐに答える。


「そうだ。ぼくも渡したいものがあったんだ」


 背負っていたカバンに手を入れると、中にあるものを取り出した。

 それは、平たい長方形で茶色い見た目のおかしだ。


「これはなに? あまい匂いがするけど」


「チョコレートだよ。鬼丸さん、食べてみたいって言ってたでしょ?」


「うれしい。覚えててくれたんだ」


 鬼丸は、学校の給食で出てくる人間の食べ物が大好きだ。

 カレーライスやあげぱん、とりのからあげやハンバーグ、冷凍みかんやプリンなど、どれも残さずたいらげる。時には、おかわりもする。

 しかし給食には、なかなか出てこない食べ物もある。

 その一つがチョコレートだ。

 鬼丸は、朝読書で読んでいた本でチョコレートというおかしの存在を知った。物語の中で人間の女の子がおいしそうに食べていたのだ。

 彼女は、目をかがやかせるようにして本を読んでいた。

 それを見ていたヒロは、妖怪の世界へ連れてきてくれるお礼に持ってきたのだ。


「おいしそう。どんな味がするんだろう」


「とけないうちに食べてみてよ」


「うん!」


 鬼丸は、包み紙を開けてチョコレートを見る。

 その茶色い食べ物に目を丸くした後、とてもあまい匂いに鼻をひくつかせる。


「いただきまーす!」


 人間に笑われないように、しっかりと食前のあいさつをしてからかぶりついた。


「おいしい! こんなの初めて食べた! 持ってきてくれてありがとう!」


「う、うん。ど、どういたしまして」


 それを聞いたヒロは、うれしいやらはずかしいやら顔が熱くなる。


「ね、いっしょに食べよう」


「いいの?」


「もちろん! だってあたしたち、友だちなんだから!」


 満面の笑みを見せる鬼丸に、ヒロもつられて笑顔がこぼれた。


  了

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妖怪裁判 川住河住 @lalala-lucy

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