第14話 トラとライオン

「なんだ? どういうことだ? おいらにも教えてくれよ!」

 たぬきは、まだわかっていないようで橋の上でくるくる回っている。


「それでは生きもの係の鬼丸さん。答えを教えてください」

 ヒロは、担任の先生のまねをしながらお願いする。


「小さくて細い体で茶色い体で川を泳ぎ、しかも人を化かす動物といったら……」


 鬼丸が答えようとした時、大きな水しぶきとともに動物が橋の上にあがってきた。


 その動物は、うすい茶色の毛皮で小さくて細い体型をしている。


「きゃはは! わたしも混ぜてー! いっしょに遊ぼう! きゃはは!」


 しかも川の水でずぶぬれになったというのに、まったく寒さを感じていないようだった。


 それどころか、ヒロや鬼丸の足元を元気よく走り回っている。


「カワウソだよ!」


 鬼丸が答えを告げると、ヒロはうなずき、たぬきはおどろき、きつねはうなだれた。


 カッパのきゅうりが消えた時、カワウソがきゅうりを取ったと疑われたことがあった。その際にカワウソは泳ぎが得意で、人を化かすことがあると聞いていた。

 さっき橋のそばをカワウソが泳いでいるところを見つけた時、ヒロはそのことを思い出したのだ。


「ぼくを化かしたのは、カワウソさんですね?」

「そうだよ! きつねに人の子を化かせって言われたから!」

「どうしてそんなことをしたんですか?」

「きゃはは! 成功したらおいしい魚をたくさんくれるって言うから!」

「ちょっとカワウソ! いくら楽しいからってケガをさせたらどうするの!」

 鬼丸がうでを組みながら注意する。


「ごめんなさい……わたし、人間といっしょに遊んでみたくて……」

 カワウソは走り回るのをやめて、小さな頭を下げてあやまった。


「いいよ。いっしょに遊ぼう」

 ヒロは、しゃがみこんでカワウソの小さな頭をなでてあげる。


「本当? いっしょに遊んでくれるの? わーい! 遊ぼ遊ぼ! きゃははー!」

 好奇心が強くて楽しいことが大好きなカワウソは、再び川に飛び込んでスイスイと泳ぎ出す。巣で待っている仲間を呼びにいったのかもしれない。


「わたしがカワウソと組んでいることを見抜くとはね。やるじゃないの、人の子」

 きつねは、しっぽをふりながら感心したような声をあげる。


「えっと」

 ヒロは、どう反応すればいいのかわからなくて頭をかいた。

 もう怒っていないとはいえ、せめて一言くらいはあやまってほしかったから。


「ちょっときつね! あんたもあやまってよ!」

「そうだ。おいらに罪を着せようなんて百年。いや、千年早いぞ!」

 鬼丸とたぬきがいっしょになって怒りの声をあげた。


「いやよ」

 きつねは、まったく悪びれる様子もなくそっぽを向きながら言う。


「そもそも今回の件は、たぬきがいけないのよ」


「なに言ってんだ。おいらは、人の子を化かしてなんかいないぞ」


「この前、わたしの仲間を川に突き落としたろう! これはその仕返しよ!」


「あれは、おいらたちたぬきの食べ物を取ったばちが当たったんだろ!」


「わたしたちに取られるところに置いておくのが悪いのさ!」


「なにぃ! いいからさっさとあやまれ、きつね!」


「なによ! あんたがあやまりなさいよ、たぬき!」


 たぬきときつねは、毛を立たせて鋭い歯を見せながらうなり声をあげる。


「ダメです! ちゃんと話し合いましょう!」

「そうだよ! こんなところでケンカしたら危ないから!」

 ヒロと鬼丸は、二匹の間に割って入って止めようとする。


「わたしたち、きつねの方が化けるのが上手なのよ!」

「おいらたち、たぬきの方が化けるのが上手いだろ!」

 しかし、怒りはまったく収まる気配がなさそうだ。


「シャアアー!」

「ガァウウー!」

 それどころか、お互いにひっかいたりかみついたりしようと動き出す。


「これは妖怪裁判ですよ!」

「ケガしたらどうするの!」

 ヒロと鬼丸の声が届くことはなく、たぬきときつねは激しく取っ組み合う。


「ぽんぽこぽこぽん! ぽこぽんぽん!」

 たぬきがおなかをたたくと、橋の右側から仲間がぞろぞろと集まってくる。


「こんこんちきちき! こんちきちき!」

 きつねがしっぽをふりながら鳴くと、橋の左側から仲間がさっそうと走ってきた。


「いったい、なにをするつもりなんだろう」

「わからない。けど、なんか危ない気が……」

 大量の野生動物に囲まれたヒロと鬼丸は、おどろきと不安の混じった視線を向けることしかできなくなる。


「ぽんぽこぽこぽん!」

 たぬきたちが頭に葉っぱをのせておなかをたたくと、ほんの一瞬いっしゅんで化けた。


「ガオオォォォ!」

 口を大きく開けて鋭いきばを見せつけるその動物は、しま模様が特ちょう的なトラだ。


「こんこんちきちき!」

 きつねたちが頭に葉っぱをのせてしっぷをふると、またたく間のうちに化けた。


「グワオォォォ!」

 ふさふさのたてがみを持っている百獣ひゃくじゅうの王、ライオンである。


「す、すごい……」

 どんな妖怪とも怖がらずに話せるヒロでも、さすがにおどろきをかくせなかった。

 自分よりもはるかに大きな体を持つ猛獣もうじゅうに圧倒されているのだ。


「ガオオォォォ!」

 橋の右側からトラが鋭い牙を見せつけるようにほえながら歩み寄ってくる。


「グワオォォォ!」

 橋の左側からもライオンが鋭いツメの生えた足で大きな音をたてて歩いてくる。


「鬼丸さん、にげよう」

 二頭の猛獣に囲まれたヒロは、橋からはなれようと声をかける。


「あ……足が……」

 しかし鬼丸は、その場にうずくまったまま立ち上がれずにいる。

 たぬきやきつねが化けた姿とわかっていても、見上げるほどの巨体のトラとライオンを目の前にして恐怖を感じたのかもしれない。


「大丈夫? 立てる?」

 ヒロの呼びかけにも鬼丸は首を横にふることしかできなかった。

 それどころか手や足、体全体までふるえ出す。目には、なみだがたまっている。


「ガオオォォォ!」

「グワオォォォ!」

 しま模様のトラとたてがみを生やすライオンが、とうとう橋の中央で向かい合う。

 二頭のほえる声がとどろくと、恐怖にかられた鳥たちがあわてて飛んでにげる。


「きゃっ!」

 鬼丸も悲鳴をあげて尻もちをつく。


「ぼくの手をにぎって!」

「う、うん……」

 ヒロと鬼丸は手を強くにぎり合い、二頭の間を抜けてにげようとする。


「ガオオォォォ!」

「グワオォォォ!」

 しかし、橋の真ん中でトラとライオンがにらみあっているせいで通れない。


「いっそのこと川へ……」

 最後のチャンスと橋の下をのぞくが、冷たそうな水が勢いよく流れている。

 カッパやカワウソでもなければおぼれてしまうかもしれない。


「どうしよう……」

 二人がにげられる道は、もうどこにも残されていなかった。

 ヒロはため息をつきそうになるが、となりに鬼丸がいることを思い出してやめた。

 ここで自分が弱気になったら、彼女をさらに不安にさせるかもしれないから。


「まだだ! まだあきらめちゃダメだ!」

 ヒロは、大きな声で自分に言い聞かせて勇気を出す。


「あっ!」

 そこでハッとひらめいた。


「まだ見つかっていないものがある」

「どういうこと?」

 鬼丸も気持ちが落ち着いたのか、きょとんとした顔でたずねる。


「たぬきさんときつねさんのケンカを止める方法を見つけるんだ!」

 ヒロは、妖怪にくわしくても動物にはそこまでくわしくない。

 それでも必死になって考える。


「なにか……なにか弱点を見つけられたらいいんだけど……」

「あたし、知ってる」

 ヒロのひとり言に鬼丸が反応する。


「たぬきもきつねも怖いものが苦手だよ」


「怖いものって例えば?」


「火とか雷とか、あたしのお父さんやお母さんを見ると、しっぽが出て化けられなくなるんだよ。だから、あいつらが怖がるものを見せれば……」


「教えてくれてありがとう。でも火なんて付けられないし、天気もいいし……あっ!」


 再びハッとひらめいた。


「なにか思いついたの?」


「うん。これならきっと大丈夫」


 すぐに息を大きく吸って思いきりさけんだ。


「このままケンカするなら、たぬきそばときつねうどんにして食べちゃうぞー!」


 ヒロの大きな声は、山のあっちこっちに向かって飛んでいく。


 おどろいた鳥たちが羽ばたき、虫たちも草のかげや土の中にかくれていく。


 けれど、一番おどろいたのは、目の前にいるトラとライオンだった。


「たぬきそば⁉」


「きつねうどん⁉」


 二頭の体がビクッとふるえ、しっぽが元のたぬきときつねのものにもどっていく。


「なにそれ? おいしいの? あたしも食べてみたい!」

 さっきまで元気のなかった鬼丸に明るさがもどり、顔には笑みがあらわれた。


「うわあ!」


「ひええ!」


 かろうじてトラとライオンの姿に化けていたたぬきたちときつねたちも限界だった。


 ヒロと鬼丸に食べられるのでは、という恐怖にかられて元の姿にもどってしまう。


「た、食べないでください!」


「す、すみませんでしたぁ!」


 たぬきときつねは、橋の上で小さく丸くなってふるえながらあやまってきた。


「これにて妖怪裁判を終わります!」


 ヒロが告げると、たぬきときつねはホッとした表情を見せる。

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