第9話 灰色の線
さっそくヒロと鬼丸とカッパは、緑色のなにかが入っていったという山道へ向かう。
「それじゃあ行ってきます」
「ケンカしないで待っていてよね」
「カッカッカッ! 必ずきゅうりを持って帰ってくるぞ!」
三人だけで行くのは、足あとがわからなくなるのを防ぐためだ。
「うわっ! くつの中に水が!」
「ちょっと! そんなに急いで歩いたら泥がはねるでしょ!」
「おっとすまねぇ。早くきゅうりを見つけたくてつい……」
雨でぬかるんだ地面にくつあとが二つ。それから水かきのあとが一つできていく。
泥がはねないようにゆっくりと静かに進む。
足を一歩進めるごとに降ったばかりの雨の匂いやしめった土の匂い、それから草木の濃い匂いが鼻に入ってくる。
「カァー。これだけいろんな匂いがあると、きゅうりがどこへ行ったかわかんねぇや」
大好物のきゅうりの匂いをたどろうとしていたカッパは頭の皿に手を置いた。
「本当だ。全然わかんない」
鬼丸もしばらく鼻をあちこちに向けていたが、やがて頭のバンダナに手を置いた。
妖怪もなやんだり困ったりした時には、人間と同じように頭に手を置くらしい。
人間のヒロも鼻をいろいろなところへ向けて匂いをかいでみる。
その後は、鬼丸やカッパと同じように頭に手を置くしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
岩の周辺には、大量の水かきのあとが残っていた。
これは、雨が止んだ後にきゅうりがなくなったことに気づいたカッパたちがかけつけた時にできたものだろう。
しかし山へ続く道には、足あとが一つも残っていない。
どしゃ降りの雨がきゅうりを持って行った妖怪の足あとを消したのか。
それとも空を飛んでにげたからなのか。
ヒロたちが来た時には、茶色い地面に灰色の線がまっすぐ伸びているだけだった。
「山に住んでいる妖怪が川に来たついでにきゅうりを持って行ったのかな」
ヒロは、なんとなく思いついたことをつぶやいた。
もしかしたら、すもう大会の賞品と知らずに持ち帰ったのかもしれない。
「あずき洗いはどう? よくあずきを洗うために川へ行っているよ」
同じく山の中の家に住んでいるという鬼丸が提案してきた。
あずき洗いとは、あずきの入った
「カッカッカッ。あずきが落ちていないかどうか確かめてみるか」
ヒロと鬼丸とカッパは、ぬかるんだ地面に顔を近づけてじっと見つめる。
しかし、あずきどころか葉っぱ一枚見つけることができなかった。
「なあ、やっぱりきゅうりは、川に流されたんじゃねぇか?」
なんの手がかりも見つけられないカッパは、流れの激しい川にくちばしを向ける。
「それはないと思います。きゅうりが置かれていた岩は、川からはなれていますから」
「そうだよ。いくら大雨が降ったからって川まで転がったとは考えにくいよ」
本当に『カッパの川流れ』をさせたくないヒロと鬼丸は、すぐに止めに入る。
カッパは、またしても頭の皿に手を置いたままうつむいた。
「これはむずかしい問題だ」
ヒロも頭に手を当てて深く考え込む。
きゅうりを取った妖怪は、いったいどこへ行ってしまったのか。
「鬼丸さん。人間の目には見えなくても妖怪の目には見える道はない?」
ヒロ一人では、裏山の頂上にある妖怪の世界へ通じる道を見つけることができない。そんな道がここにもあるのではないかと思ったのだ。
「ううん。あたしの目に見えている道も同じだよ」
「そうだよね。もし秘密の抜け道があったらだれかが気づいているよね」
ヒロは、小さなため息をつきながらしゃがみこんだ。
「あれ?」
ふと茶色い地面に伸びている灰色の線が目に飛び込んできた。
その時、ヒロの頭の中で鬼丸に言われたことがよみがえってきた。
妖怪の目でも人間の目でも同じ道しか見えない。
けれど、じっと目をこらせば見えてくるものがある。
「あっ!」
そこでハッとひらめいた。
ヒロはすぐに灰色の線に手をやると、その正体が砂であることに気がついた。
「もしかして……」
砂で作られた灰色の線は、先ほどの岩から山の奥へずっと続いているようだった。
「そうか。そうだったんだ」
砂をにぎった手を空高くかかげて宣言する。
「きゅうりを取ったのがだれなのか、わかったよ!」
すぐにヒロは、砂でできた灰色の線をたどって山道を進んでいく。
「だれ? いったいだれなの?」
「カァーッ! だれだっていい! それよりきゅうりはどこへ行ったんだ!」
まだわかっていない鬼丸とカッパも首をかしげながらついていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やがて二手に分かれる道が来ても、ヒロは迷わず灰色の線が伸びた道を選ぶ。
その砂は、きゅうりのありかを知らせてくれる道しるべになっているからだ。
しばらく進んだ先には、植物のツタに囲まれた小さな木造の家が建っている。
灰色の線は、その家の戸口のあたりで消えていた。
「着いた。きっとここにきゅうりがあるはずだよ」
ヒロは、息を整えてから家を指さす。
「あれ、ここって」
鬼丸は、この家に住んでいるのがだれなのか気づいたらしい。
「カァーッ」
カッパは、くちばしを何度も開け閉めするだけで言葉が出てこない。
「ごめんくださーい。だれかいませんかー」
ヒロが呼びかけると、木の戸がゆっくりと開かれた。
「なんか用かい?」
家の中から出てきたのは、砂かけばばあ。
砂かけばばあは、砂をふりかけておどろかす妖怪だ。
いつでもどこでも砂を持っているから、ここまできゅうりを持って帰る時に砂をこぼしてしまったのだろう。
どしゃ降りの雨が足あとを消しても、砂のあとだけは消されることがなかった。
おかげでヒロは、きゅうりを取ったのが砂かけばばあだと気づくことができた。
「砂かけばばあ! おれたちのきゅうりをどこへやった! 返せ! 今すぐ返せ!」
「なんじゃあ。そのことかい」
「カァーッ! カァーッ! カァーッ!」
「なにを言っとるかわからん。ちゃんとわかる言葉で話しておくれ」
くちばしを大きく開けるカッパに、砂かけばばあは困ったように言う。
「砂かけばばあさん。どうしてきゅうりを持って行ったんですか?」
「あのきゅうりは、カッパのすもう大会の賞品とわかっていたのになんで?」
だれがきゅうりを取ったのかわかっても、なぜきゅうりを取ったのかわからなかった。そこでヒロと鬼丸は、その理由を砂かけばばあに聞いてみる。
「安心しな。きゅうりは、ちゃんとあるから。ほら、こっちへ来てみな」
砂かけばばあについていくと、きれいな水のためられた桶に大量のきゅうりが浮かんでいた。その他にもまな板や包丁がある。どうやらここは台所らしい。
「わしがきゅうりを持ってきたのは、ずっと岩の上で雨に降られていたからじゃよ」
「カァー? どういうことだ?」
「カッパには、頭の皿をぬらすのにいいかもしれない。だけど雨には、ちりやゴミが入っとるからきたないんじゃ。そんな雨にぬれたきゅうりをこの子たちに食べさせるつもりだったのかい? もしおなかをこわしたらどうするんだい?」
「そ、それなら、おれたちカッパが作った薬を飲ませればすぐによくなる……」
「アホウ! そういうことを言っとるんじゃない! そうならんように気をつけい!」
「カ、カァー。す、すまねぇ。雨に打たれるのに夢中で気づかなかった……」
「いや、わしも悪かったよ。きゅうりを持っていく前に一言でも声をかければよかった。そうしたらこんなことにならなかった。悪かったねぇ」
カッパと砂かけばばあは、お互いに頭を下げて謝った。
「よかった。これですもう大会を再開できるね」
「うん。これにて妖怪裁判を終わります」
その様子を見ていた鬼丸とヒロは小さな声で告げる。
「ここまで歩いてきてつかれたろ。そういう時はこれじゃ」
砂かけばばあは、きゅうりをまな板に置くと、塩をかけてコロコロと転がしてみせる。きゅうり全体に塩がなじんだことがわかると、ヒロと鬼丸に渡してやった。
「ほれ、塩もみきゅうりじゃ。食ってみい」
「わあ、ありがとうございます」
「おいしそう。いただきます!」
体を動かして汗をかいた後には、しょっぱいものが食べたくなるものだ。
ヒロと鬼丸がきゅうりをかじるとパキッといい音がする。
口の中でかむとカリコリと、これまたいい音が響いた。
漬物が得意な砂かけばばあの塩もみきゅうりは、人間にも鬼にもおいしいものだった。
「カッカッカッ! うまそうじゃねぇか! おれにも食わせてくれよ!」
だれよりもきゅうりが大好きなカッパも早く食べたいとくちばしを大きく開ける。
「あわてるな、あわてるな!」
砂かけばばあは、たっぷりの塩をまぶしたきゅうりを渡してやる。
カッパは、すぐさまきゅうりにかぶりついたのだが……。
「カァーッ! ペッペッ! なんだよこれ! 塩じゃなくて砂まみれじゃねぇか!」
「おっと。すまんすまん。まちがって砂もいっしょにかけてしまったようじゃ」
「いくらなんでも砂まみれのきゅうりなんか食ったら腹をこわしちまうよ」
「ん? こういう時は、カッパの薬を飲めばすぐによくなるんじゃろ?」
「カァーッ……おれが悪かったよ……もうかんべんしてくれ……」
困り顔のカッパを見て、ヒロと鬼丸と砂かけばばあは笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます