08ページ目 "黒鳥" (2)




太陽が眠り月が目を覚ます。

しかし月の瞳だけでは闇を消すことは出来ない。



「冷た!」

俺は首筋を触りながら振り向く。

「また私の勝ちだね」

「何がですか?もう」


この世界には汚くなった机と埃まみれの床それに溢れかえった書類……そして俺と彼女と冷えた缶コーヒー。


それだけだった。


西条シズカは笑いながら隣の椅子に座った。

帰るつもりはないらしい。


「何がって?私の方が早く終わったでしょ?」

「え?」



世界が燃える。汚れた机も埃まみれの床も書類も燃えて燃えて燃え盛る。


そして彼女も……


俺だけが残った。


燃えカスから出てきた缶コーヒーは酷く熱かった。

手が焼き焦げ全身の血が蒸発するぐらいに。


しかし彼の心は冷えたまま。


『グリム!!グリム!!』

ジータの声?

『グリム!!お願い!』

ラムダの声?



「……坂木尊人」

誰の声?西条先輩……?


俺は閉じこもってた心から目を覚ます。

壊れて燃えきった世界から目を覚ます。



ここは?


馬車の中は外の闇とは違って明るかった。



「ミ…ミラーセさん」


ミラーセは強く強く彼を抱きしめた。


彼女はただ彼を抱きしめる事しか出来ない。


救うことは出来ない。それは闇が許さない。


「………もう一つ……もう一つだけ。彼女から今度はお願いされた事があるの」


グリムは彼女を抱きしめ返す。


「……もし坂木くんが困ってたら助けてあげてってそう言われたのよ」

「西条先輩が…?」


ミラーセは彼を見る。優しく彼を見つめる。


「そうよ。彼女は本当にあなたを愛してた」

「……どうせだったら嫌われたかった。お前の告白なんて死んでも嫌だよって言ってほしかった。なんで…なんで!!俺は!何もかも終わった後なんだ。彼女の顔も瞳もまだ俺の心に残ってる!」



昨日なんだ……まだ俺にとっては昨日のことなんだよ!!

なんで俺が目覚めた後に何もかも終わってるんだよ!!



彼女の……彼女の死に目にすら会えなかった!!


愛を伝える事すらできなかった……




黒に染まった馬車は行き先に向かう。

ただ無機質にただ無情に目的地まで進み続ける。



どのぐらい時が過ぎたのだろうか。


一瞬かも知れない。それとも永遠かも知れない。


「……今から…行く所はELイーエル協会の本部よ」

ミラーセは淡々と彼に伝える。

ミラーセの涙は乾いていた。

「……」

「西条シズカはもういない。あなたは生きなきゃいけない」

俺はただ目を瞑る。


「あなたはこの世界で生きなきゃいけないのよ」

「……」

俺は強く目を瞑る。


「彼女もそれを望んでいる。必ず!」

「……」

俺は目を開けた。


「……西条先輩はどうして亡くなったんですか?」

ミラーセは長い間その答えを言わなかった。

そして重い口を開けた。

「……事故よ。不慮の事故」

「事故…か」


俺はミラーセを見る。


「彼女が俺に生きていて欲しいって何で分かるんですか?そうだよ!また転生すればいいんだ!!俺がまた死んで!そしたらまた俺は転生出来るは……」


その瞬間……俺の頬は彼女に叩かれいた。


「好きな人に生きていて欲しいって思うのは当たり前でしょ!!」

「……」

「また転生なんて出来るか分からないじゃない!!死んでもし転生できなかったら??生きなきゃいけないの!!この世界で!!彼女が生きたこの世界で!!」


ミラーセは我慢していたが溢れ出る涙を止められなかった。


「不確定な未来にすがるより今あなたが生きてる奇跡を大事にしなさい!」



壊され燃やされた世界はもう元には戻らない。

だけど壊されたものを大事にして燃やされた世界を忘れずに愛する事は出来る。


そして俺には愛した世界を忘れずに次の世界に行く事が許された。


その奇跡を……俺は捨てる事は出来ない。



立ち直ることは永遠に出来ないかも知れない。

俺を死から救ってくれた希望の光は失った。


でも前に進むしかないのかも知れない。

時々後ろを振り返ってそれでも一歩ずつ前に進まなきゃいけないのかも知れない。



彼女が生きたこの世界で……俺は生きなければいけない。


彼女を殺したこの残酷な世界で俺は前に進むしかない。



「ミラーセさん。俺が仮に彼女と立場が反対で先に死ぬ事になっても俺はそれでも彼女に生きていて欲しいと思います」

「…うん」

ミラーセは優しくしかし強くうなずく。

「きっと彼女も同じ気持ちなんだと思います。そう信じる事にします」



坂木尊人はこの異世界で最初の一歩を踏み出した。


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