君への告白を止められない
松崎の呼び出しから解放された渕上は、下校する為に自分の学生カバンを取りに戻っていた。廊下には夕陽が差して、明度が下がっていく校舎内は生徒達の帰宅願望を強めていく。
誰もいないつもりで教室に入ろうとしたその時、視界に見慣れた人影が映って渕上は、咄嗟に隠れた。なんと
(マジか……いつも真っ先に帰る辻さんが、教室にいるなんて!)
運が良過ぎて、渕上は感情が昂っていく。近寄り難い意中の女子と、今なら二人っきりになれるのだ。担任に対して胸の内を明かしたばかりなのもあり、願ってもないチャンスに両手拳を握りしめた。
(俺は、辻さんの……心の拠り所になりたい)
恋心を抱く少年の決断は早い。友人も両親もいない寂しい彼女を知った今、同年代の中で一番の理解者になれると、若く浅はかな思考回路は渕上の足を突き動かした。
「辻さんッ!」
「……
名前を間違えられている。しかし今の渕上は、そんな事どうでもよかった。遠目に眺めていた憧れの手に触れられるかもしれない機会を、逃す訳にはいかない。
「あのさ……辻さんに、話したい事があるんだけどッ!」
「わたしに?」
「時間……あるかな?」
バクバクする心音は言葉を押し出す動力に変えて、渕上は辻和奏に迫っていく。彼女は一度目を合わせてはくれたが、手元の小説に視点を移して読書を再開する。話に興味はないようだ。
「な、なに……読んでるの?」
「天空の蜂よ」
素直に教えてくれたものの、声は素っ気ない。小説を読まない渕上はそれが何の作品か当然知らず、しがみ付くように表紙を見る。著者が東野圭吾である事以外、本については分からないままだが返事を貰えるなら、言葉を止めなければいいだけ彼の行動力に繋がる。
「俺さ、辻さんに言いたい事があって……」
「……」
「俺は——、俺は……ッ!」
簡単な言葉が絡まって出てこない。夕陽が、静寂が、渕上の心を焦らせる。しかし、辻和奏の手がすぐそこにある。手を伸ばせば届く。少年は我慢できる訳が無かった。
「辻さんの事が、好きなんだ!」
「……」
「俺と……付き合って下さいッ!」
渕上は頭をバッと下げて、右手を伸ばした。そこまで成し遂げると極度の緊張に身体が追い付いて、肺から空気が飛び出し、心臓は破裂寸前だ。それが告白だと把握した辻和奏は、今にも倒れそうな渕上を一度見ると再び小説を読み進める。
「ごめんなさい。わたし、恋愛には興味ないから」
「……ッ! でも……、俺ッ」
「……。じゃあ、一つ聞きたいんだけど」
小説の中に興味を惹く一文がたまたまあったのか、辻和奏は机に手を付きながら席から立ち上がって、頭を下げ続ける渕上を見る。
「わたしの為に、命を賭けられる?」
「……え?」
「わたしの為に命を賭けられるかって、聞いてるの」
渕上は質問の意味が分からないまま、真っ赤な顔を上げて辻和奏を見た。長い黒髪に、端正な顔立ち。手フェチを拗らせた少年の視点は、彼女の全体像から手に向いていく。光を反射する透明な爪、白くて細い指。血の通った温もりある手のひら。穢れとは無縁そうな手に、触れたくてたまらなかった。
「もちろんだ。俺……辻さんの為なら命、懸けたっていい! だから——」
「すてき」
その返事が効果的だったのか、辻和奏は琴線に触れた声を漏らすと、ピンと伸びた渕上の右手を両手で握った。お互いの手が触れ合うまさかの展開に、渕上の汗腺から生暖かい水分がじわっと噴き出る。
「えッ……えぇえ? そそそそれって、おおッ、返事はオッケーって事ッ⁉︎」
「わたしについてきて。二人っきりで……話がしたいから」
頭が混乱する渕上の手をするりと離すと、辻和奏は読んでいた小説を片手に、教室の出口に向かっていく。彼女の意図が掴みきれない渕上だが、この流れは良い方向へ行くと予感して、丁寧に歩く辻和奏の後を付いて行った。
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