君の中身を知りたくて
篤永ぎゃ丸
手への興味を止められない
「先生が何故、屋上に
「今日、遅刻した事くらいしかマジで思い当たらないんッスけど?」
担任の
「先ずはそれだな。二年生だからって気ままに登校してくるのは、先生として見過ごせないぞ」
「いやいや……不審物対応とかで電車遅れてたんッスよ! 遅延証明だって出したし、それに遅刻したの俺だけじゃないし……」
「ああ。今日、遅刻して来たのは渕上と——
その名前の並びを聞いた瞬間、渕上の心拍が少し上昇する。そこで振り返った松崎は緊張をやわらげる様に手すりに背中を預け、腕を組んだ。
「……さっさと本題に入るか。渕上をここに呼んだのは他でもない、
「つッ……
「単刀直入に言うぞ? 渕上から視線を感じる事が頻繁にあって不安だと、辻から先生に相談があった」
ガーンと渕上に衝撃が走った。彼女の言いがかりの可能性も考慮出来るが、すぐ否定しなかったのは彼に心当たりがあるからだろう。
「渕上も年頃だからな。女子に興味が湧くのは、仕方ない事なのかもしれん」
「……」
「だが、不快感を与える程ジロジロ見るのはどうかと思うぞ」
「……すみません、でした」
渕上は感情を萎ませて謝罪した。本人にそんなつもりはなかったのは頭を下げる角度から伝わってくるが、同級生が嫌がる程とは思っていかなかったのだろう。今にも泣きそうな顔をしている。
「うぅむ……つまり、日頃から視線を送っていた事に間違い無いんだな?」
「はい……」
「なんでそんなに、辻を見ていたんだ?」
「手が、綺麗だから……つい」
放課後の屋上に男子生徒と男性教師だけのロケーションは、渕上を素直にさせる。手に対するフェチニズムは確かなようで、目の前で組んでる太い腕すら舐めるように眺めていた。松崎はそれに気付いたのか、鳥肌が立つ。
「……おいおい、渕上。そんな目で見られたら、誰だって怖いぞ」
「手って、人の性格とか本質が出るンすよ。特に辻さんは……爪と指先が傷一つ無くて、めっちゃ綺麗なんです。それが、すごくミステリアスで——」
「……。渕上は、辻の事が好きなのか?」
「……! まあ、そういうやつッス」
図々しく生徒の恋愛事情に踏み込んでくるが、渕上はバレたかと照れくさそうに後頭部を撫でる。青春の風が二人を横切り、空気を入れ替えたくなった松崎はズボンの後ろポケットから煙草の箱を出して一本取ると、それを口に咥えて火をつける。
生徒を導く大人とは思えない行動を見せ付けられて渕上は困惑するが、相手が教師なのもあってか、口出し出来なかった。
「ふー……。渕上、お前は辻のどういう所に惹かれた?」
「ケホッ……え? まあ、一番は手が魅力的な所ッスけど——いつも体育を見学してるから、虚弱そうな所もなんかほっとけないのと、あとは顔……ですね」
煙草の煙に巻かれながらも、担任に対して同級生への好意を素直に認める渕上。そのタイミングで、ガタガタと校舎が揺れて二人の意識が足元に向く。
「うお……今の、震度2くらいッスかね?」
「……そうだな」
松崎が真剣な顔で思う存分煙草を吸うので、生徒なりの反抗を見せようと、渕上はブレザーのポケットからスマホを出して、SNSのトレンドを検索し始める。
「こら、学校でスマホをいじるんじゃない」
「地震の規模知りたいだけッスよ。それに先生だって生徒の前で、堂々とタバコ吸ってっし」
「仕事中だと、ついな……」
松崎は渋々指摘を受け止めながら、携帯灰皿で煙草の火を消す。渕上は地震速報をネットで調べるが、地震の情報は見つからなかった。
「渕上……もし、辻に好意があるなら——仲良くしてやってくれないか?」
「そりゃあ、そういう関係になれたら嬉しいッスけど……急にどうしたんすか?」
唐突に担任教師から恋に向かって背中を押され、渕上は違和感を感じる。首を傾げる先で松崎は、再び背を向けて手摺りに身体を預けた。その視線は何故か、遠くを向いている。
「彼女は最近転入したばかりで、同級生と馴染めていない。それに、辻には両親がいないんだ」
「両親が、いない?」
「渕上は——JITBって知ってるか?」
「なんッスかそれ」
「知らないなら、いい」
松崎は癖で煙草の箱をポケットから出すが、教師である事を思い出したお陰か、それを押し込める。煙で閉じ込めていた口は、暇になると次第に滑り出した。
「2008年8月6日。テキサス州の首都ヒューストン、ウェステイマーロード地区のホーリー・ベリーのレストランで現地時間17時54分に事件は起きた」
「えッ……事件?」
「利用客と店員合わせて18人、犯人4人、が死亡。警察官2人・機動隊1人が殉職し、39人の負傷者を出した。その中に、辻の両親が含まれてる」
詳しいが、何か物足りない唐突な情報に渕上は傾聴する事しか出来なかった。屋上から日常を走り回る生徒達を見た松崎は、それ以上話す事が無いのか、職員室に戻ろうと歩き始めた。
「不純異性行為だけは、するなよ」
「んな事、多分しねぇッスよぉッ!」
去り際にポンと肩を叩いて問題発言をする松崎に、手だけで満足していた若者は大声で反論しつつも保証はしなかった。教師としての対応に問題があり過ぎて、渕上は嫌そうな顔で松崎の背中を見送った。
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