第二集 戦場の盗賊

 それは五胡十六国ごこじゅうろっこく時代の中頃、冀州きしゅうでの事。

 およそ二十年に渡って石虎せきこと言う暴君が君臨したちょうの支配下において、この地の臣民は主君の胸三寸でその命が刈り取られた。

 そんな暴君亡き後に起こった趙の内紛を制して権力を握った冉閔ぜんびんは、漢人政権の復活を掲げてを建国し、領内において胡人こじん(騎馬民族)の大虐殺を行った。結果として冀州の大地には見渡す限りの屍の山が築かれたのだった。

 その後、短期間で国力が衰退した魏は、北方から攻め上がったえんによって滅ぼされ、冉閔もまた処刑された。

 しかし燕国の統治に移っても、冀州の各地では未だに趙や魏の残党との争いが繰り広げられ、また華南からはしんが、西方からはしんが虎視眈々と攻め込む機会をうかがっていた。


 要するに冀州の民にとって、かれこれ数十年の間、その心が休まる事のない戦乱の最中にあったというわけである。


 そんな冀州では、もはや道端であろうと野原であろうと、弔われぬままに放置されて朽ちた死体や白骨が、そこかしこに転がっていた。道行く者たちも悪い意味で見慣れてしまい、死体だろうと石塊いしころと変わらぬ扱いで、誰も気に掛けることなどない有様であった。

 そんな時代では暮らしていく事も苦労が多い。まだ真新しい死体から金目の物を剝いでいく盗人の類も平然と横行している。


 この日も、趙魏の残党軍と燕軍による戦闘が行われ、その軍勢が過ぎ去ると、まるで土中の虫のようにどこからか這い出してきて兵士の死体を漁っていく者たちがいた。

 みすぼらしい恰好をした三人の若者である。

 手分けをしてあちこちを探し回る三人は、次々と死体から金になりそうな物を剥ぎ取っては懐に入れていた。

 中には、まだ息はあるが動く事も出来ず助けを求める兵士たちもいる。しかし彼らはお構いなしに、時には幾度かの蹴りを入れて完全に息の根を止める事も辞さない。そうした行為すらも、まるで手慣れた作業のように何の躊躇もない。


 そんな彼らの一人が、声を張り上げて他の仲間を呼び集めた。

 瀕死の兵士が這いずったと思われる血の跡を辿って小さな崖になっている所を下りてみれば、力尽きた兵士のすぐそばに横穴を発見したのだという。穴の正面には草が生い茂り、崖の上からでは見つける事が出来ないような角度だ。

 それだけならば騒ぐほどの事でもないのだが、その横穴の奥はほこらとも祭壇ともつかぬ装飾が施され、四尺(約一メートル)ほどのはこが安置されていたのである。

 その匣は金属製で、表面の錆びつき具合から、相当に古いものだと思われた。箱の表面に宝石のような物は付いていないが、びっしりと文字が書かれている。

 その文字は恐らくは篆書てんしょ(紀元前に使われていた漢字の古書体)である。この時代でも使われている隷書れいしょしか、それも街中の看板で見かけるような簡単な文字しか知らぬ盗人には読めるものではない。しかし、それが「古い文字」という事だけは分かる。


 この土地は、邯山かんざんと呼ばれる山の近くで、近くには邯鄲かんたんと言う城市まちがある。それこそ殷周いんしゅうの昔から存在していた古い都市であり、国都となった事もある歴史ある城市だ。

 となれば、隠された財宝かもしれぬと思い至るのも当然であろう。

 或いは弔われた遺体という可能性にも考えが及んだが、もとより死体漁りを生業なりわいとしている彼らには恐れる事でもない。逆に兵士の持ち物なんかより遥かに金になる副葬品が入っているかもしれないと、にやつかせた口元からよだれを垂らすだけである。

 そうして三人の盗人は、その金属の匣を横穴から引きずり出して持ち帰る事としたのであった。





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