第25話 誅滅

 イブは顔面蒼白になった。クマコが担架で運ばれてきた時は既に治療の後があり意識もハッキリしていた。大きな悲鳴が聞こえて、観衆の声にかき消されているが……救命救急班が忙しなく闘技場に向かっている。


「リッカ、大丈夫かなぁ…………」


 ミコトが心配そうにしている。


「プラックが観てるなら大丈夫だよ」


 ミコトとシルビア以外の人々はイブの言葉に大袈裟に反応している。だが、ミコトはイブを勇者の隠し子と思い込んでいるしシルビアは真相を知っているので、イブの言葉に同意をしていた。


「キサマ! 男爵を呼び捨てにするとは!」


 衛兵がイブに近づく…………


「うるさい!」


 イブは衛兵を睨んだ。その眼光を浴び、衛兵は動けなくなってしまった。勇者に睨まれれば人は威圧され動けなくなる。だが……


(ここで暴れても仕方がない)


 イブは一度控え室に戻った。




 控え室で気を揉んでいると誰かが入ってくる……リヨンの奴だ。相変わらず辛気臭い奴である、ベタな冒険ストーリーなら間違いなく悪役の容姿をしている。


「カイ……いやイブ様。リッカの容態については私めが治療をしておきましたので命に別状はありません。プラック様からこれをお預かりしております」


 イブはプラックからの手紙を受け取った。そこには、リッカが毒針のようなもので刺されて戦闘不能になったということが書かれていた。握手の際に刺されているので気をつけてほしい……と。


「リヨン。ありがとう…………礼を言う」





 とうとう最終種目、剣技が始まろうとしている。選手名がコールされた、まずはテゾロ。大歓声である……もちろん観衆は何かを期待している。そしてイブがコールされ、徐(おもむ)ろに立ち上がる。


 テゾロより大きな大歓声……だが、集中したイブにはもう何も聞こえない。


 両者がコロシアムの中央で対峙している。そして審判に呼ばれ握手を交わす……握手の際、プラックの言う通りチクッとした〜毒針であろう。


「ククク、フィルはしくじったが、お前をこの場で二度と蘇生出来ないよう、ズタズタにしてやるよ(笑) そのスマした顔が歪むのが楽しみだ」


 イブはテゾロの言葉を黙って聞いていた。こいつは……この世界のバグだ、イブはふと考える


(こいつに勇者の剣技を使うのは分不相応だな)


 両者が所定の位置につく、イブは剣を柄ごと放り投げて道端に落ちていた小枝を拾った。先の障害物バトルで出現させたものだ。これは丁度いい、それを拾い上げる。



 その行為に会場がどよめいた。



△△△△△△△△△△△△△△△



 マーリは対抗戦最後の戦いを貴賓室から見ている。プラック様に呼ばれたのだ。


「久しぶりだなマーリ」


「プラック様、お久しぶりです」


「もう始まるな……あーあ、あんなことをして。終わったな」


 最後の種目、剣技が始まろうとしている。だがイブは剣を持っていない、そして、適当な枝を拾って振り回している。対抗戦の成績はここまで1勝1敗2引分け、イブが勝利すれば対抗戦始まって以来の女子校勝利であるが、そんな事はどうでもいい。


「プラック様、どうかイブをお救い下さい。先の試合も不正の嫌疑がかけられております……どうか……」


「ははは、その必要あればな……」


「プラック様、戻りました」


「リヨンか……ご苦労だった」


 リヨン様が戻ってきている。マーリは焦った。リッカはリヨン様が近くにいたから助かったが、イブが致命傷を負ったら手遅れになる……。


「プラック様、リヨン様、どうかイブを…………」


「マーリよ、試合を観よ。すぐに終わるぞ(笑)」


 もしや……プラック様はイブの亡骸がご所望なのか……でも今のマーリには何もできない。不正があったことなど知らない観客は大いに盛り上がっていたが、イブの行為で静まりかえってしまった。


 そして、試合が始まる合図!


「マーリよ!よく観ていろ」


 テゾロがイブに猛然と斬りかかる。テゾロは二刀流、二振りの剣がイブを襲うが……剣は空を切る。全ての太刀筋を見切っているのだ。


 そして……それは一瞬の出来事であった。


 イブは高く跳躍をし背後に回った。そして木の枝を一閃、木の枝はテゾロの背中を貫いた……そして、静かに蒸発していった。


 観客は何が起こったか分からない、ざわつきはじめている。


「みな聞け! 我(われ)は勇者カイルの血を引くもの。テゾロはこの試合で毒針使用という不正をした、そして多くの者を殺しすぎた、なので我(われ)が滅した。蘇生も転生も出来ないよう蒸発させたのだ」


「勇者カイルの名代としてここに宣言する、対抗戦はこれを持って廃止とする。そして……今回の対抗戦の勝者はサンドラプリズン女子校」


 観客は信じられない、というリアクションをしているが、いつの間にか、プラック様がイブの傍(かたわ)らに……そしてイブの前で片膝をついた。


 その行為により観衆は全てを理解したのだろう……


 大歓声が起こった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る