第3話 逃亡

 アルカはプラックから話を聞いた、話の途中であったが、カイル爺が危ない……そう聞くと反射的に部屋を飛び出していた。そして、涙を隠しながらカイル爺の部屋に向かう。泣いているのは自分が処刑されるかもしれない、という恐怖からではない。どんな暴言を吐いてもニコニコ笑っているカイル爺を自身の落ち度で失ってしまうかも知れない、という恐怖と後悔からである。


 部屋についた。カイル爺は……眠っている。


(まさか……)


「カイル爺 カイル爺 カイル爺」


 起きない。アルカは呆然と立ち尽くした。歩けない。アルカはカイル爺が話してくれる冒険譚が好きだった。そして異世界の話も、アルカのお祖父様の話も……アルカにとって、カイル爺は勇者ではなく、優しい隣のお爺さんであった。


 アルカは動けない……涙も出ない。もちろんカイル爺は起きない。扉を開ける音がした、この状況、発見されれば自分は則処断されることだろう、それはどうでも良かった。入ってきたのは……プラックであった。


「アルカ、カイル様は……」


 アルカは首を振った。そしてベッドの傍らに座り込んでしまった。


 プラックはカイル爺を蘇生を試みている。しかし、今回ばかりは戻らないようだ。


「アルカ……ダメみたいだ」


 プラックも呆然としている、そしてアルカの隣にしゃがみこんだ。プラックは泣いている。



△△△△△△△△△△△△△△△



 カイルは夢を見ていた。とても素敵な夢だ〜湖の畔で釣りをしている。たくさんの魚が釣れていて、それを若いエルフの女性が調理をしている。湖に浮かぶ小舟には小さな女の子、双子なのだろう。若いエルフの女性に似ている。エルフの女性が話しかける。


「アナタ、幸せね。ミナもカナも楽しそう(笑)」


「うん」


 これは……走馬灯などではない。楽しい夢、恐らく潜在意識にある願望だろう。




 目が覚めた。昼寝をしてしまったようだ。


 ベットの脇には誰かがいる。この髪型はプラック、そしてアルカだろう。


「プラック、アルカ、どうかしたか?」


「!!!」「カイル様!」


「どうしたのだ。2人とも……そうだプラック、あのグミはおいしかったぞ! お前も優しいところあるじゃないか」


 まずプラックにお礼を言った。が、話している途中にアルカが泣きながら抱きついてきた。


(? ? ?)




 カイルはプラックから委細を聞いた。アルカも泣き止み平静を取り戻している。


「そりゃ、報告すると厄介だな。よし、3人の秘密にしよう!」


 こうしてグミ事件は解決したかにみえたが……




 次の日の朝、カイルは自身の身体の異変に気付いた。力が漲っている、特に魔力。気力も体力も大きく改善していて、唯一戻ってないのは……余命であった、年齢は変わらない、ということである。


「カイル爺、おはようございます。昨日はごめんなさい……」


 昨日の一件はアルカを変えたようだ。思春期特有の反抗期が一夜にして過ぎ去った感じである。


「なんだ、謝ることなんてなかろ。こうしてピンピンしてる訳だし(笑)」


「ありがとう」




 グミ事件から1週間が経った。変わらず退屈な日々。ここ1週間、1つの事だけを考えてきた。このままで良いのだろうか……余命は少ない、でも魔力と体力と気力が満タン状態。そして、一度でいいから気ままに人生を楽しみたい! そうだ、終活をしよう……と。





「アルカ、本当にいいのか?」


「はい。お祖父様が居なくなってから身寄りもいないし、カイル爺の話をもっと聞きたいし(笑) カイル爺と一緒に城を出ます」


「分かった。では決行だ」


 カイルは終活のためにこの城を抜け出すことにした。ここに居れば命だけは長らえる事が出来る。でもやはり人生、元気なうちに遊びたい! これが動機である。


「転移の魔法陣は城外に書きました。ちょうど町外れの林の中です」


「いくぞ!」


 カイルはアルカの手を取り、転移の魔法陣を思い描く。転移の魔法くらい上級魔法になると普通は陣を描くのが一般的であるが、カイルは偉大な勇者である。思い描くだけで効力がある。



 微かな光と共に2人は転移をした。着いたのは……竹林の中。確かに町外れである、誰もいない。


「カイル爺、これからどうするのですか?」


「アテはないが、とりあえず私の故郷の街に戻ろうと思う。ここからはかなりの距離だが、恐らく使える魔法陣が1つあるからそこに移動しよう」


「ではなくて……その格好ですよ。この国で勇者様を知らない人なんていないので、すぐに見つかっちゃいます」


「それも大丈夫! ちょっと待ってなさい!」


 カイルは呪文を唱えた。容姿を変える超高等魔法、使いこなしていたのは以前倒した魔王のみ、そんな魔法も容易く使えるようになっていた。何せ魔力は満タンである。


 長い呪文の後に最後の言葉……


「変身!」


 決めゼリフに決めポーズ、突如天から眩い光が……そしてカイルはうら若い乙女に姿が変わった。


「カイル爺、すごーい……でも呪文とポーズはダサくない(笑)」


「まあお決まりの掛け声みたいなものだ(笑)。それよりヤバいな、これだと城から追手がくる。私が魔法を使ったことがバレバレじゃあないか」


 天からの光が打ち下ろされた後の竹林は丸焦げ、大地には無数の穴が空き、魔法の衝撃を物語っている。


「では、早く転移しましょう!」


「そうだな」


 カイルはアルカの手を取りの再び転移の魔法で飛び去っていった。

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