第30話 山茶花、襲来

そして翌日……


やっぱり、と言うべきか昼過ぎに丙琶の宿屋にものすごい大所帯の団体が押しかけて来ていた。緋劉と二人で酒樽の影から宿屋に入って行く御一行様を偵察している。


山茶花、襲来だ。


「それにしてもあの人達って、仮にも軍人なんだろ?なんでヒラヒラした服を着てるんだよ」


「まあそう言ってやるな、緋劉さん。あのお姉様達は危機感とか倫理観とかが抜けている、稀有な存在なんだよ」


本来なら軍服を着用し、逗留先へ向かわねばならないのにね。洸兌様の言葉を借りるなら、くさい香油の香りを撒き散らかしてお嬢様方はやって来ていた、当然、のんびりした丙琶の町には似つかわしくない派手さなので、大層目立っている。


「取り敢えず、本当に来ているのは確認出来たしもういいよね?そうだ、市場に寄ってから帰ろうか?」


「そうだな。ああ、馬鹿馬鹿しい」


緋劉さんお口が過ぎますね……


そう言えば私には毒々しい物言いはしなくなったのですっかり忘れていたけれど、本来の緋劉は嫌味や毒舌を吐きまくる男の子だったね。綺麗な男の子には毒がある……え?違う?


緋劉と市場に寄って鳥と牛のお肉を買い、顔馴染みになった肉屋のおじさんにおまけで干し肉を分けてもらってから帰宅すると案の定、門扉の所にヒラヒラした軍団が屯っていた。


「やだなぁ、やっぱり来てるね」


「裏口から入ろう」


緋劉に腕を掴まれて裏口に回った。結界術の開いた穴(出入口)に、緋劉と滑り込むと結界の中に入った。すると裏木戸の前は漢莉お姉様が居た。


「おかえり~玄関のあれ、見た?」


「見ました~来てますね!」


「鬱陶しいったらないわよねっ!」


早速文句を言う、漢莉お姉様と共に裏口の結界をしっかり閉め直してから、裏木戸から中に入ろうとした時に外塀の向こうで金切り声が上がった。


「ここよ!ここから入って行ったのを見たわ!ちょっと私達も入れなさい!」


私は急いで私達に向けて、音消しの術を使った。


「漢莉お姉様、もう喋って頂いても大丈夫です。此方の音は向こうには聞こえません」


「やだ~その術、便利ね。本人を目の前にして嫌みを言えるじゃない!やーいブス!厚化粧ぉ!あんたが臭すぎて鼻が曲がりそう!」


早速、岩乙女が大声で罵詈雑言を外塀に向かって浴びせている。大人げない……外塀の向こうから更に複数の女性の声が聞こえてきた。


「ちょっとお退きなさいな!わたくしが言いますわ!わたくしは宗 明葉、宗家の者です。今すぐここを開けないと父に言いつけますよ!」


典型的な空威張りだ。自分が偉いんじゃなくて父親が偉いとふんぞり返っていて、格好悪いこと、この上ない。


「来たわね、性悪女!ととっと帰りなっ腐れブス!」


すげー岩乙女の心からの暴言だ。宗 明葉はやはりこちらの聞こえないようで、暴言には応えず、かわりに大きく舌打ちをしたのが聞こえた。


「反応がありませんね、本当に見たの?」


「ええ……見ましたわ。綺麗な男の子と小さい下女が入って行くのを」


「ふざけんな馬鹿!馬鹿!年増っ!陰険っ!」


つい……つい、小さい下女と言われてむきになっちゃった。こほん……ちらりと横を見ると岩乙女と緋劉がにやにやと笑っている。


「口が……悪い山茶花のお姉様よね、失礼しちゃうわ!」


「お前が言うなよ……」


はい、緋劉さんの言う通りね、分かってますよぉ。どうせ小さい下女ですからね!


再び宗 明葉の声が聞こえた。


「これは居留守というのかしらね。早く慶琉夏王方に私の訪れをお伝えしなさい!背の低い下女っ!いるんでしょう!」


「背の低い下女……」


「緋劉はいちいち復唱しない!」


すると、外でふわりと霊力が動いたのに気が付いた。


「ちょっ、まさか!?」


漢莉お姉様の声がしたと同時に、家屋の廻りに張ってある結界に火炎術の火の玉がドカンと当った衝撃があった。


しかし結界のおかげで無事に跳ね返ったみたいだ。わあ……さすが洸兌様の結界!じゃなくて!結界に攻撃を仕掛けるとその術を使った術者にはすぐ分かる。


「洸兌様は?」


横に立つ漢莉お姉様に聞くと


「剥き出しの島から異形が数体泳いで来たそうで、討伐に行ってるわ」


とのお返事が帰って来た。緋劉が続けて質問した。


「愁様や皆様も?」


「ええ、でも今の馬鹿のせいで洸兌ちゃんに結界が攻撃されたことが伝わったわね。あの子、こういう馬鹿には容赦ないわよ?一撃目はまだいいわ、二撃目は……」


「ここで何してんの?」


うそっ!?外塀の向こうで洸兌様の声がした。討伐から瞬時に戻って来たの?山茶花の女子達が小さく「洸兌様!」と悲鳴をあげた。


「こ……洸兌様ちょうどようございましたわ!今すぐここを開けて下さいな。この中に慶琉夏王がいらっしゃるのでしょう?」


「今、結界に攻撃仕掛けたの、誰?」


びっくり……普段陽気な洸兌様とは思えないほどの冷淡な声。しかも洸兌様の放つ霊圧が凄い、正直怖い。


「攻撃って……な、中に居る下女が居留守を使ってわたくしに意地悪して中に入れないのですもの!だから穴を開けて入ろうと……」


「宗 明葉、君が攻撃したんだね?中に慶琉夏王がいらっしゃるのに?」


「!」


お馬鹿な山茶花のお姉様達は、洸兌様の言葉で誰に攻撃をしかけてしまったのか気が付いたみたいだ。


さあ、どうするんだろ……洸兌様が完全に頭にきているよ。

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