第31話 洸兌様の一撃

「この結界は慶琉夏王と愁釉王の御身を賊から護る為のものだ。賊の侵入者あり、と慶琉夏王にご報告申し上げる」


洸兌様の淡々として声にお姉様達が悲鳴を上げた


「ひぃっ!」


……が、流石は性悪女の宗 明葉はこんなことでは引かなかった。


「おっ、お待ちなさいなっ!そんな勝手許しませんよ!宗家の者を賊扱いですって!?四天王の一角を担っているとはいえ、平民のくせにこのわたくしにぃ」


更にもの凄い霊圧が、ぶわっと洸兌様から放たれたのが分かった。


「洸兌ちゃんっ!……ちっ!」


漢莉お姉様は木戸を開け放って外に出ると、宗 明葉の前に立って洸兌様と向き合った。


「洸兌ちゃん!霊力の無駄使いよ!」


その言葉と漢莉お姉様の姿に洸兌様はハッと気づかれたように霊圧を下げられた。ふぅ……やれやれ。あのままの霊圧で術を使われたら本当の本気でこの辺りは焼け野原だった。おお、怖っ……


洸兌様が霊圧を下げられたのを確認すると、漢莉お姉様はくるりと後ろを振り向いて山茶花の隊員(十名ほどいる)をぐるりと見回して言った。


「今すぐ宿にお帰り下さい。そしてこの屋敷には二度と近づかないように。もし禁を犯して近づかれたのなら容赦なく攻撃致しますから」


宗 明葉はワナワナと震えながら漢莉お姉様を指差した。


「わたくしを誰だと…」


「ええ、知っていますよ。攻撃をしてきた賊でしょう?洸兌ちゃんは消し炭にするまで燃やすでしょうけど、私は真っ二つに裂いてから御父上にお返ししますよ。賊を始末しました…ってね」


禁軍の四天王、持国天と増長天の二人からものすごい霊圧が溢れ出ている。


格好良い……洸兌様は最初から格好良かったけど、初めて岩乙女を格好良いと思ったよ!


「もうそのへんにしておけ、漢岱」


慶琉夏王の涼やかなお声が聞こえてきた。木戸の向こうを覗き込むと、愁様の後ろに隠れるようにして梗凪姉様もいる。梗凪姉様は私と緋劉が覗いているのを見ると、青い顔色をされながらもなんとか微笑んで見せてくれた。


「あ……ああっ……慶琉夏王っ大変でございましたのよっそこな男達に詰られて……」


と元祖性悪女の宗 明葉は恐ろしい変わり身の早さで、助けて……とばかりに泣き真似をした。


慶琉夏王はじぃーっと顔を伏せている宗 明葉を見て、大きく溜め息をつくと言い放った。


「山茶花は解体だな……極刑に処さないだけでも有難いと思え」


そりゃそうだな……


「そんなっ!?」


「私達は何もしていませんのよ!?明葉様が勝手に……」


「そ、そうですわっ!勝手に騒いで……」


あらら……十人ほどいる山茶花のお姉様達は、手のひらを返したように宗 明葉を非難し始めた。


「あな……あなた達よくもっ!!」


貴族の淑女のはずなのに、山茶花の隊員は取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。そんな大乱闘を横目に、漢莉お姉様と洸兌様はスルリと木戸から中に入って来ると、さっさと裏口から室内に入って行った。


え?ええ?外のアレ……あのまま放置でいいの?


外では淑女らしからぬ暴言や怒号が飛んでいる。恐ろしや……


そして私と緋劉も四天王様達に続いて室内に入ると、すでに慶琉夏王と愁様達もちゃっかり戻って来ていた。いつの間に……素早い。


すると突然、緋劉が漢莉お姉様と洸兌様の前に回り込むと、顔を真っ赤にして叫んだ。


「あ、あの……漢岱少尉!洸兌大将!その、先程のお二人共が凄くて俺、すごく憧れます!」


緋劉は珍しく漢気溢れる漢莉お姉様達を見て興奮していた。おおーっ聞いた?岩乙女っ!あんたのダダ下がりだった好感度、またググッと持ち上がったよ!


岩乙女こと黄 漢岱少尉(乙女?)は、まああ!と体をくねらせると、緋劉に抱きつこうとしたので、私は素早く岩乙女に捕縛術をかけた。


「きゃっヤダ!もうっ凛華ちゃん!」


「緋劉に何をしようとしてるんですか……私の眼前で如何わしい行為は断じて許しませんよ」


私も四天王様達に負けないくらいに霊力を漂わせながら、岩乙女を睨みつけた。


「わーー!緋劉は良い子だね!よしよしっ!また稽古つけたげるね!」


「有難う御座います!洸兌大将!」


と言いながら、抱き合う美少年と美丈夫様の熱い抱擁の方は華麗に無視している。すべての罪は美の前には無力なのだ……


「ちょっとっ!洸兌ちゃんはあんなにベタベタしてるのにぃぃ!私にはあんなに怒ったのに洸兌ちゃんは許すなんてひどいわっ凛華ちゃん!」


岩乙女の猛烈抗議も華麗に無視した。岩に何を言われようとも美しさの前では無力よ。


そして夕食の献立を頭の中で組み立てていると突然、洸兌様が


「あ、明歌南の西総督だ」


とおっしゃって玄関口に行かれたので、私も緋劉も慌ててついて行った。西総督かな?どうされたのだろう?


洸兌様の言葉通りに、西総督は家の結界の前でオロオロとしていた。


「あの……その、裏口付近で女性の叫び声?怒鳴り声?が聞こえるのですが、何か御座いましたかな?」


「あ、いえいえ近所のおばちゃん達が外で喧嘩しているみたいなんっすよ!迷惑ですねぇ~」


おばちゃん……まあ当たらずと遠からずだけど、洸兌様の言い方よ。


「西総督、どうなされましたかな?」


漢羅少尉も後から来られた。近づいて来られると小声で


「お前達、無体はされてないな?」


と優しい笑顔を向けられた。漢羅少尉はどっかの弟と違って穏やかで優しいのよね~


私と緋劉は漢羅少尉に笑顔で大きく頷いて見せた。漢羅少尉は緋劉の頭をワシャワシャと撫でている。お父さんみたいだ。


西総督は何度も頷くと、言い淀んでおられたが口を開かれた。


「実は沖に船で出ております部下の陵から知らせが入りました。例の島に苅莫羽牟かるなかはむ王国の船団が向かっておりまして、上陸を試みようとしているようだと……」


「何だってぇ!?」


皆の驚きの声が見事に重なった。

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