第28話 異形との戦い
仮の名を異形島と名付けられたその島は、まだ消えずにその不気味な姿を晒していた。
明歌南の西総督と面会して帰って来た
慶琉夏王は深く息を吐き出した後、静かに話し出した。
「異形が出没するようになって三十年ばかりか……初めはまさに突然現れる異形に触れてよいものか、はたまた退治することが出来るのか?分からずにただ、行き過ぎるのを隠れてやり過ごしていたらしい。そして大陸のあちこちで目撃情報が上がるにつれ、どうやら異形は一体ではなく複数体おり……しかも田畑や建物も破壊し人や動物も食べる。もはや見過ごすことは出来ぬとその禁忌のものをやっと退治しようと試みたのが先代の皇帝、私達の父上だ」
慶琉夏王は一息ついて、隣の長椅子に腰かけている愁様に視線をやった。愁様は頷いた。
「あれから三十年……言い換えればまだ三十年。まだ異形が何たるかは確証がないままだったのだ。最初は物理攻撃が効くと分かったらすぐに退治し、遺骸はその場で焼却していた。まさか異形の体を調べようなどとは露も思わなかったのだ。ところがだ、これは秘匿中の秘匿だが……」
愁様の言葉の後、慶琉夏王は広間に居る一同を見てから言葉を続けた。
「異形の亡骸から、死後間もない乳児の遺体が見つかった」
梗凪姉様が悲鳴を上げられた。愁様が素早く梗凪姉様の側に行き、肩を摩っている。
「最初は異形に食べられたのではと思っていたのだが、遺児を検死した医術師がとんでもないことを言い出した。『この遺児の死因は栄養失調である』と……」
「た、食べられて殺されたのでないのですか?」
私がそう聞くと慶琉夏王は、俯いて顔を覆っている梗凪姉様を気遣わしげに見ながら口を開いた。
「少なくとも死後数日ということと、外傷などは一切無いということだった。つまり異形に取り込まれてその胎で生き永らえていたのだ。その時に初めて我々は気が付いた。異形のことを異形と一括りにしていたが、もしや生物としての法則性のある行動をしているのではないかと。今はまだ調査段階だ。分かっているのはそれだけだ」
怪しい……じっと慶琉夏王の霊質を視る。ちょっと霊力の動きがおかしい。
「これ以上は言えないってことですね、賜りました」
私がそう言うと皆、ぎょっとしたように私を見た。ふんっ嘘はばれますよ?
「中々に不敬な娘御だな」
「申し訳ありませぬ」
黄 漢羅少尉が深く叩頭されたので流石に不敬だったかと思い、漢羅少尉に倣って慶琉夏王に深く頭を下げた。
すると慶琉夏王は笑い声をあげた。
「まあよい、私の霊質を視たのだろう?指摘の通り言えないことは多々ある。それは勘弁してくれ。ただ一言申すと、決して民が不利益を被る類のものでは無いということだ」
凄いな……流石大尉総督だ。どこかのへらっとした第四皇子とえらい違いだ。
「民は不利益は被らないがな、ふぅ……こっちは不利益を被りそうだ」
話し終えた後に、何だか慶琉夏王はがっくりと肩を落とされた。霊質がさっきより濁って視える。
「何かあったのかしら~?」
漢莉お姉様がそう言うと、慶琉夏王は漢莉お姉様を見て
「おお、そうだ。漢岱がいれば虫除け……あれの除けになるな!そうだそうだ、漢岱!今日からお前も宿屋で私達と逗留しろ」
と、慶琉夏王が言うとそれを聞いてぽかんとしていた漢莉お姉様は、何故か私と緋劉の後ろに逃げ込んだ。いや、完全に岩乙女の体は隠れていませんが?
「い、嫌よっ!私の体の栄養分は凛華の美味しい美味しいっご飯で出来てるのよぉ!ここから離れるのは嫌よっ!」
何?何どういうこと?
慶琉夏王は眉間に皺を寄せた後、おお!と膝を打った。
「そうだったな!すっかり失念しておったな。ここに来れば良いのであったな!よしっじゃあ私達もこちらに避難しようか?のう、
薄志……と呼ばれた
「恐れながら、説明をしませんと彩 凛華も困っておるようですし……」
「しかし、我々もここに来てしまうと問題はありませんか?」
もう一人の執金吾のお兄様がそう慶琉夏王に聞かれた。
ひ、避難?ただ事でない表現に思わず緋劉を見た。緋劉も首を傾げている。
すると、今まで(そういえば居た)愁釉王が「いやさ~」と梗凪姉様と二人で長椅子に腰かけながら
「誰が言い出したのか知らんが、『山茶花』の部隊の面子を丙琶の我々のお世話係に任命したらしく、正に余計なお世話なのだが……彼女らが明日にも丙琶の兄上達が逗留している宿屋に押しかけて来るそうだ」
と、面倒くさそうに言った。山茶花と聞いて、梗凪姉様がびくんと体を強張らせた。
ええぇ!?た、確か山茶花ってあの女性だけの部隊でしかも貴族の子女ばかりの、おまけに梗凪姉様を苛めていた、あの山茶花だよね?
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