第23話 蓋を開けて、新たな一歩

私は緋劉の横に立つと


「ちょっと話してもいいかな?」


と言って緋劉の横に腰かけた。そして岩乙女に話したように范師匠のことを話して聞かせた後


「私は詰ったおばさんとお姉さんから色々お話を聞いて考えてみたんだけど、緋劉はどう思う?」


と、聞いてみた。十四才には難しいかな?いや、私もそれほど人生経験は無いし似たようなものかな。


「ど……どうって?」


私は緋劉の目を見た。しかし緋劉は目を逸らす。逸らされると堪えるわ。


「正直、おじさんに不潔と叫んだお姉さんの気持ちも今は分かるのよ。そりゃ急に父親から生々しい男の部分が見えたんだもんね。でもね、そこは家族だから詰る気持ちは分かるの。正直に教えて?緋劉は私にどういう反応をしてもらいたかったの?」


ぎゅっ……と緋劉が拳を握り締めたのが見えた。


「お、俺……絶対、凛華に怒られると思ってた。何やってんだとか、そしたら凛華は何も無かったみたいに俺を見てた。俺がそういうことしてても、凛華には何も響かないてことに、気が付いて悲しくなった。俺……凛華は俺の、とっ特別で、凛華にとっても俺はって己惚れてたけど、違ったんだって思うと……」


あ……


ああ……これはつまりあれだね。


半年とちょっと前に私が蓋をして思い出に昇華させたものを、緋劉は今私に向けて抱いている訳だ。でも私に?冗談でしょう?私、緋劉に好かれるような女の子だったっけ?


「う~ん、響いてないことはないのよ?まあ、ああいうことも出来るんだ、とは思ったかな?」


「あっ!?あれは向こうから無理やりっ……」


緋劉がやっとこっちを見た。そしてまた下を向いてしまった。胸がぎゅっと痛んだ。


もう壬 狼緋と斈 緋劉は別人だ、ということも十分理解出来ている。そして壬 狼緋の事も思い出に昇華は出来ている……と思う。


そしてもし、斈 緋劉が私にそういう気持ちを持ってくれているとなると、その気持ちに向き合う気は……


「あるな……うん。嫌じゃないし、寧ろ……」


「何?」


「ああ、うん何でもない。て事も無いか。あのね、もしさ……またあんな場面に出くわしたらさ、今度は怒っていい?私がいるのに何してんだこら!って言ってもいい?」


緋劉はしばらくぽかんとしていたけれど、徐々に真っ赤になると椅子の上で膝を抱えて俯いた。緋劉の耳が赤い。


思わず角の向こうに居る岩乙女を見てしまった。岩乙女は泣いていた。ものすごいぶさいく顔で何度も大きく頷いていた。


「凛華……俺、めっちゃ嬉しい……」


「怒るよって言っているのに変なの」


「うん、変だね。でも嬉しい……」


むず痒い。もう開くことは無いと思っていた気持ちの蓋が、ゆっくり開いていく気がした。


しばらく二人、無言で甘い空間に浸っていたが緋劉がそう言えば、と切り出した。


「なあ凛華、愁様に教えてもらって前から聞こうと思ってたんだけど……俺と初対面の時に初恋を返せてって俺に叫んでたんだろう?それって俺のこと前から好きだったってこと?俺、凛華と前から知り合いだっけ?」


しっ愁様ぁぁ!?何を余計なこと言っちゃってんだぁ!!


「ちっ!?違うしっいや、絶対違うし!それ愁様の激しい誤解だからっ!いい?分かった!?」


私が唾を飛ばしながら詰め寄ると、その迫力に押されて


「う、うん分かった」


と緋劉は答えた。


「でもさ、それ聞いてにやけが止まらなかったよ~何?凛華のやつ俺の事ずっと好きだったの、とかさ」


何、ニヨニヨしてんのよっ!緋劉のばかちんがっ!


「いやもう一回言うけど、違うしっ?絶対違うしっ?全然違うしっ!?愁様の激しい激しい勘違いだからっ!」


また私の激しい否定に、何度も頷いてから緋劉はやっと本当にやっと目を見て笑ってくれた。


仕方ないか、こうやって緋劉と居るの結構好きなんだもんな。そこは認めましょう。


「今はそれほど愁様の勘違いでもないからね。前は断じて違うけどっ!でも今はそうだからっ?分かった?」


緋劉の大きな手に私の指先をちょこっと重ねてみた。するとすぐに緋劉が指を絡めてくる。


「うん、ありがとう」


「何対してのお礼?」


「色々と……」


もう初恋だとかそうじゃないとか、いいか。緋劉は綺麗な笑顔でこちらを見て笑っている。


ゆっくりと私の気持ちが解れていく。今日からは緋劉と一緒に解していくことを楽しみたい。


その前に一応言っておこうかな?と、緋劉に説明をした。


「あの、私ね?そんな勢いとかでお付き合いする訳じゃないから」


「うん」


「多分、緋劉が考えているよりも慎重にことを進めて行く方だから」


「うん」


「だからその……ゆっくりとでもいいのなら、私の速度で付き合っていって!」


「分かった」


緋劉が顔を真っ赤にしながら頷いている。私も多分、顔を赤くしていると思う。自然と見詰め合い、目が離せなくなった。


「うええええっ……うおおおおん!」


ものすごく甘酸っぱい雰囲気は、岩乙女の豪快な泣き声で吹き飛んだのだった。

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