第22話 思い出の蓋
愁様を先頭にして飲み会の会場を後にした。愁様の後ろに居る梗凪姉様が目に見えない棍棒のようなもので、愁様を背後から小突きながら歩いているように見えるのは気のせいだろうか?
しかし小突かれてもいないのにもっと、へろへろよろよろくたくたの男がいた。
斈 緋劉だ。顔を真っ青に染め上げて、漢莉姉様に支えられないと歩けないほどの憔悴ぶりだった。
そのまま異形が発見された場所まで移動し、素早く討伐をして事後処理をしている間、男達(一名不明)は私語など無く、すべての処理が行われた。
息が詰まるな……いやもうね、原因は分かっているのだけどね。でもこんなに緋劉が狼狽する原因が分からない。私や梗凪姉様に怒られると思ったのかな?だとすると……
前世でお世話になった
ある日、理旻師匠が朝帰りをした。酔っ払った状態での朝帰り、おまけに体に白粉と紅がついていた。どうやらそういうご商売の女性と何かがあったようなのだが、当時の私はよく分かっていなかった。
母さんと姉さん二人は理旻師匠を激しく
その日から父と娘は明らかに関係がおかしくなってしまった。そして私はよく意味が分かっていないこともあり、能天気にも姉さんに「どうして不潔なの?」と聞いてしまっていたのだ。
姉さんは私が聞いたことに怒りもせずに、師匠に何が起こって今こうなって、そして今の心境に至るまでを理路整然と教えてくれた。
そして私に説明していたことで姉さんも色々と悟れることがあったようだ。話の締めくくりにこう付け加えてくれた。
「いくら怒っていても言ってはいけない言葉ってあるからね。不潔だなんて、父さんにはすごく堪えた言葉に違いないわ」
この時に体の不潔ではなく、心の不潔にもこの言葉は適用されるのだと気が付いた。今思い返しても娘から父親に不潔……という言葉の投げかけは、師匠の精神に大打撃を与えた言葉に違いなかった。
今の斈 緋劉は恐らくだが范師匠のような心持ちになっているのでないかと思われる。じゃあ何に怯えてるかと言うと、私か梗凪姉様から「不潔よっ!」に相当する言葉で詰られるのを危惧しているようなのだ。
だったらこうすればいい、詰らない。私からその話題に触れない。これに限る。
そう……この時の私は知らなかった。詰るよりも無視することが堪えることもあることを。
そりゃ実年齢はもうすぐ二十八才でも、その内の四分の一は野生児育ちで人の機微なんて知らない生活をしていたものね。
その飲み会から三日過ぎたある日、お手洗いの掃除をしていたら漢莉お姉様に呼び出された。
「あんたあれから、緋劉と話しはできたの?」
「あれから?話?」
あれから……というのは例のちらっと見えた緋劉の、あれこれのことだろうか?
「そのことでしたら、話題に出さないようにしています」
そう答えると漢莉お姉様は、あ~と言いながら空を仰いだ。
「そうきたかい……え~となんでまたその対応なのかな?」
と、聞かれたので前世云々は伏せて……知り合いのおじさん家族であった、ということで范師匠のあれこれを説明した。
説明を聞きながらも漢莉お姉様は何度も頷き、そうそう、そうよね!を連発していた。
「あんたは何も間違ってないわ。その年でその判断力は素晴らしいわ!でもね、やっぱりまだ子供ね。緋劉に関して言えばあんたに詰られないことで余計に気にしちゃっているわね」
え?詰っちゃいけないと思って言わなかったのに、逆に駄目だったの?
「駄目……だったのですか?」
「ああん、駄目じゃないのよ?えっとぉ緋劉が怒られたいって言うか……構って欲しい方というか……そ、そうだ!そのご近所のおじさんのお話、緋劉にもしてあげてみて!それで緋劉は怒られたい?て聞いてみて!ねっそうしましょ!」
なんだかよく分からない押し切られ方だけど、漢莉お姉様に背中をぐいぐい押されて、裏庭の椅子でしょんぼりと座っている緋劉の近くまで連れて行かれた。
壁の角からこっちを見ている、岩乙女の圧が凄い……
でもどう考えてもさ、岩乙女の今してることって男友達のそれに近いものがあるんだけど……
それ、というのは例の范師匠の出来事に付随して起こった揉め事のことだ。
歌楊母さんは師匠を散々詰った後、口も利かない状態を続けていたが五日ほど過ぎて、流石にもう許してあげようかな……と思い始めた時にそれが起こったらしい。
范師匠の幼友達の飲み仲間のおじさんが、急に家にやって来て
「もういつまでも怒ってないでさ、いい加減許してあげてよ。もういいでしょう?」
と、言ってきたそうなのだ。
歌楊母さんは怒りが大分沈静化していたのに、このおじさんの無神経発言にまた新たな燃料を投下されたように感じたと、当時を振り返ってそう言っていた。
なんで関係の無いあんたに言われなきゃならない?もう、いいってなんだ?お前の許可がいるのか?
歌楊母さん曰く、こんな時だけしゃしゃり出てくる訳知り顔の男友達ほど、面倒な生き物はいない……とのことだ。
今まさに、岩乙女のしている事ってそれに該当することだと思うんだけどな。まあ岩乙女も乙女の根底には男が混じっているからなのか、こういう時は男の味方をするんだろうね。
私は背中に岩乙女圧を受けながら緋劉に近付いて行った。
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