第20話 丙琶遠征初日

「全くっ私だって乙女だって言うのっ!か弱い乙女と同じ血が流れているっての!」


さっきから床を雑巾で擦りながら、つい愚痴ってしまう。


怒りに任せて床を磨き上げていると、美しい輝きが戻ってきた。ふんっどうだ!


今、私が掃除しているのは丙琶の海沿いの空き家である。愁釉王が長期滞在用に借りた家の掃除に、遊撃隊の皆さんで掃除に来ているのだ。


「おーい、屋根の修理終わったぞ」


「あ、漢羅少尉ありがとうございます」


「外塀の張替、済みましたよ」


「秦我中将、ありがとうございます。お茶を入れますので、休んで下さい」


私は掃除を一時中断して台所に走った。台所では市場に行って食材を買って来てくれた緋劉と漢莉お姉様(男)が、貯蔵庫に食材を入れてくれていた。


しかし、買い物係を緋劉に任せて良かった。流石は料理屋の息子、上手い値切り交渉をしてくれたらしく、軍資金として渡したお金をかなり残して尚且つ、新鮮な食材を見事に購入して来てくれた。


やるなぁ……緋劉よ?


「お二人共ありがとうございます。お茶にしますので、広間で休んでいて下さい」


私は手早く人数分のお茶を入れた。そして緋劉に頼んで買って来てもらった、陽餅ようへいをお盆に乗せて急いで広間に運んだ。緋劉も手伝ってくれる。


料理や掃除は皆さん戦力外だけど、屋根の修理や扉の建てつけの直しなどには、抜群の器用さを発揮してくれた。一番意外だったのが、伶 秦我中将で……


「ここに、これくらいの小さめの棚が欲しいのですが……」


と言うと半日くらいでばっちり寸法で尚且つ、可愛い意匠の飾り戸棚を作ってくれる。


軍を退役したら、家具職人になられては?とお聞きしたら、考えてみますと真面目に返された。いや、結構本気で考えていますね……伶 秦我中将?


「お部屋に配り終わったわよ~」


籐籠も持って朱 梗凪しゅこうな姉様が広間に戻って来られた。梗凪姉様は何せ不器用なので、調理系の刃物も持たせるのは怖いし、洗い物も食器を全部、破壊されかねないので致し方なく、各部屋の備品補充(水差し、簡易菓子)などのお手洗いの拭き紙の補充、沐浴場の備品の補充、これをして頂いた。これなら物も壊されない。


「ふぅ~女官の皆さんは皇宮の各個室全部の準備をしているのでしょう、大変だわ」


「いや~皆、大義であったな!ははっ」


むかつく……本当にむかつく。あなた座っているだけで何かしていましたっけ?偉い皇子様なのは重々承知しておりますが、なんでまた用事もないのに丙琶に来ているのかな?あなたが来るのは皆の引っ越しが終わった後でいいよ。


じろりと愁釉王を睨むと華麗に視線を外されて、梗凪姉様から楊餅を受け取っている。


愁様と梗凪姉様、最近この二人は目に見えて引っ付いている。隠す気が無いのは構わないのだが、この隊にはまだ未成年が二人居ることを考慮して欲しい。教育衛生上、良くないのではないかな?まあ、私は実質もうすぐ二十八歳になりますがね。おばさんは睦み合いを直に見ても全然堪えもしないね、一人赤面しているのは緋劉ぐらいのもんだがね。


「お茶のおかわり要りますか?」


何人かの手が挙がったので、茶器を持っておかわりを入れに台所に戻った。何故だか緋劉が付いて来る。


「な、なあ?愁様と梗凪少将、あれなのかな?なぁ?」


ほーんと男の子ってこの手の話に食いつくよね。そっとしておいてあげるとかの配慮はないもんかね?周りの、主に男子達が囃し立てたりして破局する男女をどれほど見てきたことか。(過去参照)


「婚姻を前提としたお付き合いをされているのでしょう?家柄も釣り合いが取れていらっしゃるし、年齢も愁様が二つ上で問題なし。何を騒ぐ必要があるの?」


わたしがきっぱりとそう言い切ると、明らかに緋劉は赤くなってたじろいだ。お前から聞いてきたくせに、答えるとたじろぐってどういうことだい?


「そ、そうかそうだよな、うん。こ、婚姻か……」


まだ十四才の緋劉には生々し過ぎる話だったかな。


「あんただって十六才になれば婚姻出来るんだし、そんなに騒ぐことじゃないでしょう?それこそご参考までに愁様に男女のあれこれについてお聞きしておけば?」


と私が言うと緋劉はぎゃあ!と小さく叫んだ。


「な……なっ凛華!?お前……な、な……」


「なぁなぁ煩いわね?書物殿に行ったらその手の書物は堂々と借りれるよ?知らなかった?」


「知らなかった……」


「今後の為にも借りてらっしゃいよ、因みに恥ずかしいと思うなら、戦記ものの小説と文学の本の間に挟んでさりげなく受付に出して、貸出の許可を貰えば問題ないよ」


「やってみる……」


男の子ってそういう方向性の書物も好きだよね。とか、なんとかの話をしながら緋劉とお茶のおかわりを広間にお持ちしたら、あれ?戸口にお客様でしょうか?伶 秦我中将が応対に出ていらっしゃるようだ。


そうして対応を終えた、中将は無表情のまま広間に戻って来ると


「丙琶の役人が、私共の歓迎会を催したいと申しております」


そう言って流れるように皆様に説明した。


「おおっそうか。構わんよ!」


歓迎会……飲み会かな?だろうね、じゃあ私は留守番だ。


「一緒にお留守番ね」


梗凪姉様がそっと横に来て囁いてくる。あれ?姉様行かないの?私が姉様の顔を覗き込んで見ていると、姉様は微笑みながらまた囁いた。


「飲んで騒いでいる所はあまり好きではないのよ」


だろうね~朱家のお嬢様だものね。


「やだっ私も飲み会で絡まれるの怖いわっ!」


黄 漢岱おうかんたい……あんたに絡む強者なんてこの世に存在しないだろうよ、安心して樽ごとお酒を煽ってきなよ。

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