第19話 朝霧の向こう側
身元不明のご遺体の回収の知らせを受けた、霊術師団と医術師がすでに海岸に待機してた。発見されたご遺体は、一度医術師の方々が検体されてから荼毘に付されるらしい。
丙琶から
自分が見ていた目の前で島が急に消えた、この事実にまだ衝撃を受けている。
「これで一つ、仮説が成立しそうですね」
沈黙を破ったのは伶 秦我中将だった。眼鏡を人差し指で押し上げて、怜悧な視線を私達に向けた。
「今まで異形は能々壱から来るだの、蓬莱から来るだの、荒唐無稽なことが言われていましたが今日、発見された『島』……呼称を付けるなら異形島とでも申しますか、あの異形島から渡って来るという説も、新たに加わりそうですね」
「そうだな、海岸に多数の異形の姿があった。もしやすると、彼の島から渡って来る説が正しいのかもしれん。蓬莱より飛来するよりは現実的だな。実際、複数人が島の姿を目撃している訳だしな」
愁釉王が顎を摩りながら同意した。そして隣に居た漢莉お姉様が差し出した地図を、愁釉王は広げて見せた。皆も一緒にその地図を覗き込んだ。
「先程の漁師の話と私達の目撃した島の距離からすると、恐らく
「そうですよね、こちらに被害が出ているなら明歌南にも当然、異形が現れているはずです」
梗凪姉様の呟きに愁様は頷き返して、一同をぐるりと見回した。
「一度帰って皇帝陛下にご報告を上げてみる。陛下なら明歌南側の事はご存じのはずだ。もし明歌南側もこの事実を承知しているなら、何かしらの情報を共有出来る」
「もし明歌南が島の存在を知っていたのなら、何故こちらに教えてくれなかったのでしょうか?」
と、緋劉が聞くと緋劉の横に座っていた漢羅少尉が、緋劉の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「それの答えは簡単だ。島が現れて消えたとか言っても、お前なら信じるか?明歌南だって確認していても公表は控えるさ、混乱を招くだけだからな」
そうよね、目の前で見ていた私達ですら混乱しているのにそんな不確かな情報を公にしたらそれこそ、呪いだ何だと騒ぎ立てる輩が出て来て益々混乱してしまう。
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その日は仮眠を取って、夕方近くに戻って来られた愁様から皇帝陛下との先議の報告を受けていた。
「では明歌南公国も漁師や海岸沿いの村人などから、『島』の目撃情報は上がっていた……と言う訳ですね?」
漢羅少尉に愁様は苦い顔で頷いた。皇帝陛下との話し合い上手く行かなかったのかな。
「そのようだ、しかも通報があって軍部の者が確認に出向いても、島が見えないことが多かったそうだ。見える、見えないの何か法則でもあるのかもな。それ故公にはせずに、異形が島から渡って来るという認識だけは軍部内で共有していたと言う訳だ。もう二ヶ国同時に確認しているのであれば公に公表して……と言いたい所だが、危険を顧みず出かける物見雄山が増えても難儀だと、皇帝陛下がおっしゃったのでな、当面は情報は開示しないという結論が出た」
そりゃそうだね、この騒ぎに便乗して偽仙人達が丙琶に押しかけて、浜辺に屋台を出して壺や数珠でも売り出したら困るものね。
「と、言う訳でな……異形の発生場所も特定出来たし、この『第壱特殊遊撃部隊』は丙琶に長期逗留して、本格的に異形の対処に当たることになったから~皆、丙琶にお引っ越し準備宜しくね!」
な、何だって?え?え?と思っていると、はい……と梗凪姉様が挙手された。愁様がはい、梗凪!と指差した。
「と言う事は、宿屋に住まうということですか?」
「いいや、海沿いにちょうどいい空き家があったのでな!そこを使うことにした。じゃあ、鍵はこれ……はい」
と、言いながら愁様は何故だか私に鍵を渡してくる。んん?どういうこと?
「一番下っ端の凛華と緋劉が掃除しておくこと。それと家事全般は凛華担当。補助は緋劉、以上」
い、以上じゃねえよっ!ちょっと待てよ?私の負担が半端なくないか?こんなおっさん共の家事全般を私一人でって可笑しくねぇか!?
……という心の叫びが顔に出ていたのだろう、愁様は困り顔で小首を傾げた。
「だってぇ~丙琶に女官を連れて行きたいって女官長にお願いしたら、女官ってさ基本、戦闘も出来ない貴族の女性だろ?預かっている子達を危険に晒すなんて無理ですっ!て断られちゃってぇ~だったらうちの隊の中で家事全般出来るの凛華だけなんだもん~私は皇子だしっ筆より重い物持ったこと無いし~宜しくね♪」
嘘つけよ!普段刀持って振り回してるだろっ!
「凛華、あの私……出来るだけお手伝いするから」
おろおろした梗凪姉様がそう言ってくれているけど……私知ってるよ、梗凪姉様は非常に不器用だと言う事を。
「大丈夫♡私も手伝うから♡」
漢莉お姉様がうふっと笑いかけてくれるけど……私知ってるよ、中身は乙女だけど料理は豪快男子飯しか作れないことを。岩乙女の腕力で握られた、かっちかちの飯巻きを作ってくれて文字通り歯が立たなくて、茶漬けにしてなんとか食べたことは悲しい思い出です。
「……」
黄 漢羅少尉と伶 秦我中将には何も期待はしていない。
「大丈夫、俺が手伝うからさ」
きらきらと眩しい男前微笑で私に微笑みかけてくれる緋劉の手を、がしっと握り締めた。
「宜しく頼むよっあんただけが頼りだからさ!」
緋劉の美しい微笑みを見ながら拳を握り締めている私を、他の面子が生温かい目で見ているなんてこの時は思いもよらなかったのだ。
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