第18話 海を漂いしもの
そして早朝……警吏の方々と遊撃隊の私達と漁師のおじさんと村長さんと役人達の船、三隻で沖へと出航した。波は非常に穏やかだ。異形のものや怪しい姿は見えない。
「あ、あれ!」
梗凪姉様が遠見鏡で見ていて何かを発見したようだ。姉様が差し示した方角に何かが見える。
よーーーくそれを見ると……
海を漂っていた人の水死体だった!?うええっ!?直視したくない。その変わり果てた姿に、皆から悲鳴が上がる。
「でも、あの人の着ているの……変わった服だな」
緋劉がそう呟いたので、警吏の方々が引き上げた水死体を恐る恐る見た。確かに言われてみれば、長衣を幾重にも合わせた昔風な装束に見える。しかしご遺体は水分を含んで膨張しているので、女性なのか男性なのかは分からない。
「もしかして、
漢羅少尉が呟くと、伶 秦我中将がすぐに否定した。
「いえあそこは年中暑い国ですので、このような厚着をされているとは思えません」
「雷慈黒龍国……」
愁様の声に皆が息を飲んだ。そしてあまりのことに誰も否定出来ないでいた。すると漢莉お姉様が、静かに口を開いた。
「滅んでから五百年以上も経つのよ?こんな綺麗な状態で海に流されているなんて、有り得ないわ。状態を見ても、死後一週間ってところじゃない?」
また皆が息を飲んだ。死後一週間だということは、どこかで一週間前まで生きていた?
すると別船に乗っていた漁師の人が何かを発見したようだ。皆が指差す方を見る。
「島だ……」
緋劉がポツンと呟いた。海の遥か向こうの朝靄の中に薄っすらとだが、確かに島が見える。しかもかなりの大きさの島だ。
遠見鏡でその島?を覗いていた梗凪姉様が、小さく悲鳴を上げた。
「海岸沿いに……たくさんの異形のものがいるわっ!」
「貸せっ!」
愁様はそう言うと、梗凪姉様から遠見鏡を受け取った。愁様も遠見鏡で確認している。
「確かに……居るな。それに空の黒いあれは、龍ではないな……」
愁様が秦我中将に遠見鏡を渡していた。漢羅少尉と緋劉は自分の遠見鏡で、その様子を見ている。緋劉が遠見鏡を貸してくれたので、私も島の方角を見てみた。
確かに沿岸に、黒い塊がいくつも居るのが見て取れる。動いているものもあれば、死んでいる?のか、固まって動かないものいる。空は……確かに大きな鳥だろうか?数羽舞っているのが見える。姿形を見る限り、伝承にある姿絵の龍では無いことは確かだ。
あれ?急に島が見にくくなった?靄が濃くなってきたのかな?
遠見鏡を外して肉眼で島を見てみた。
「朝靄が濃くなってきましたか?」
警吏のお兄様達の声に、船頭がこのまま海の上で方向が分からなくなっては危ないです、と言い出した時に異変は起こった。
「あ、あれ?無いよ?さっきまであそこに島あったよね?」
緋劉が遠見鏡を覗きながらそう言ったので、船の上でまた皆で一斉に島のあった方角を顧みた。その時、朝靄が徐々に晴れてきた。
そこに……先程まであった大きな島が跡形もなく消えていた。
暫く皆、唖然として島があった方角を見ていた。そしてその沈黙を破るように愁様が言った。
「船をあの島に向けて動かしてくれ」
その声に皆の呪縛が解かれたようだ。船頭は体を震わせて叫んだ。
「こ……黒龍様の……おっお怒りに触れる……」
「そんなものは無いっ!」
漢羅少尉がそう怒鳴ると、他の船員達も口々に呪いがとか天罰がとか言い出した。
「漁師達は壺や数珠でも買っていたのですかね」
伶 秦我中将が冷ややかに、騒ぎ出した船乗り達に視線を向けている。よし、だったら……
「あのっ私が飛んで見て来ます!」
「おっ?それは……」
「一人は駄目だ!」
愁様の言葉を遮るように緋劉が叫んだ。緋劉……愁様の言葉を遮るなんて不敬じゃないかな?
愁様は不敬な緋劉に怒ったりせずに、緋劉の頭をぐりぐりと撫でた。
「よし、今日は一旦戻ろう。皆で目撃したのだから幻でも見間違いでも無いと分かっただけでも収穫だ。この亡くなった御仁の弔いも必要だしな」
緋劉は、はっとしたように甲板に寝かされている方に目をやった。愁様は私の方も見て
「凛華の心意気も買ってはやるが、危険が伴う探索を単独で行うのは厳禁だ。よいな?」
と、やんわりと諭された。普段はへらへらしているけど、こういう時は上官で上に立つ人なんだなと実感する。
そうして皆で粛々と丙琶に戻ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます