第16話 龍の国

体が引っ張られるように宙に浮くと、目が回りそうなすごい風圧を顔に感じていたら


「もう着くわよ~」


と言う漢莉お姉様の声で、え?と思ってよく見ると本当に丙琶へいべの海沿いに降り立っていた。


「ほお~っこれは凄いな!二分刻くらいで着くじゃないか!」


漢羅少尉が感動の声と共に、私の体を容赦なく叩く。えっと漢羅少尉、骨が折れてしまいます。


「こ、これは少尉!あの……え?空から……」


丙琶の警吏の方々が漁船の周りにいて、私達に気が付くと驚いたようにこちらに走って来られた。


「愁釉王は後から来られる。で、現状は?」


漢羅少尉が歩き出したので、私達も慌ててついて行った。


「海を渡る異形のものを発見した漁師に、話を聞いております!」


警吏のお兄さんの横に、良く日焼けしたおじさんが立っていた。あの人が目撃した人のようだ。


「何度も済まんな、海で目撃した異形のものと、他にも不審なものも目撃したそうだが……」


漢羅少尉がそう声かけすると、漁師のおじさんは頭を下げた後、海を見た。


「異形のものなような、でっかい黒い生き物は多分もう死んでいたと思います。波間に揺られて漂っている感じがしました。それで……何となく目を上げた時に、夕日に照らされてあっちに島が見えたんです」


「島……丙琶の対岸と言うと、明歌南みんかなん公国ではあるまいか?」


漢羅少尉がそう聞くと、漁師のおじさんが首を横に激しく振った。


「明歌南はもっともっと遠いです!そんな距離じゃないんです。もっと近くで……その島の周りを鳥だかなんだか大きいものがいっぱい飛んでて……ありゃ間違いないよ!海に沈んだって言われてた『雷慈黒龍らいじこくりゅう国』の黒龍様じゃないかって」


「雷慈……黒龍…えええっ!?」


私以外にも警吏のお兄さんや、漢莉お姉様の驚きの声も上がったのも仕方ないだろう。


龍の名を国名に掲げている国は、世界に五か国あるとされている。


西の周防白龍すおうはくりゅう国、東の涼炎紫龍りょうかしりゅう国、北の鏡玄銀龍きょうげんぎんりゅう国、そして南の烈騨金龍れつだんきんりゅう国……そして今、話に出た雷慈黒龍国の五つだ。


ただこの五つの国はすでに滅んでいる……とされている。歴史書にも数百年前に滅んだとしてどの国も歴史書に名が残るばかりだ。これも先程話に出たが、黒龍国も五百年ほど前に海に沈んだとされている。


「あの空を飛んでいた黒いのは黒龍様が飛んでいたんじゃ……」


「馬鹿を言うな。確かに雷慈は黒龍の一族が治めていたとされているが……」


漢羅少尉が、漁師のおじさんをたしなめた。


黒龍……そう、龍の名を国名に掲げていた国は龍が代々、国の統治をしていた……とされている。


今は現存する龍はいない。約五百年前に五つの国が滅ぶと同時に姿を消したとされている。


龍……不老長寿で空高く天翔ける生き物。人間にも変化出来てその霊力、知力は人をも軽く凌駕すると言われている。では何故そんな強靭な生き物がこの世から姿を消したのか。諸説あるが一番有力な説は「この世界に飽きたから」だ。龍は強靭が故に敵はいない、おまけに不老長寿でこの世と時間を持て余していたとされている。


暇つぶしに人間を従えて国を興してみたはいいが、それすらも飽きてしまい、ついにはその国をも滅ぼして……異界の能々壱ののいちへ行ってしまったと言われている。そして能々壱から異形のものをこちらに送り込んで来ては人間に嫌がらせをしている、と。


この嫌がらせ云々は最近、巷で噂の仙人商法で騙されて壺やら数珠を買わされた人達が、偽仙人から吹き込まれた逸話らしい。


なんだかな~?ここにはいない龍にすべての罪を擦り付けているようで気分が悪い。所詮、罪人が騙そうとして話した嘘なのだから信じる方がどうかしている。


でも一定数の無垢な人は信じちゃうんだよな……今も、本当に島を見たんですっ空を黒いのが飛んでいたんです!と、漁師のおじさんは漢羅少尉に必死で訴えている。


「確かにな、雷慈黒龍国は丙琶の近くに存在していたと歴史書に書いてはあったが……」


漢羅少尉が海を見たので私達もつられて海を見た。真っ黒な海。島どころか数歩先の様子も暗くて見えない。暗がりから何かが迫って来そうで怖くなって来た。


「何か……いますか?」


「んぎゃあああ!」


腹の底から叫び声を上げた私の背後に、伶 秦我れいしんが中将の眼鏡が光っていた。


「もうっもう……脅かさないで下さいよっ!」


秦我中将の後ろには、愁様と梗凪姉様の姿が見えた。


「愁様、話を聞き出せました」


漢羅少尉が話し出すと皆さん、輪になって話し出したので何となく輪から離れてまた海を見た。こんな海の向こうに龍の国なんてあったの?


すると緋劉が私に向かって歩いて来た。何だろうか?


「なあ、もし島があるならさ……上陸してみたくない?」


おーーい!この坊ちゃんはまた何か言ってますよぉ?


本当に男の子って探検とか秘密基地とか好きだよね?


「あんた、洞窟とかに入るのも好きなんじゃない?」


「えっ?なんで分かるの?」


成程、どうりで緋劉はうちの弟とすぐ仲良くなった訳だ。弟と趣味が一緒だ。探検冒険が大~好きぃ、ね。


「あのね、さっきのおじさんも言ってたでしょ?黒い大きな鳥?だかなんだか分からないものが飛来しているって……あんたが鳥に突かれてたって、助けてやんないんだから!」


私がそう言うと緋劉は口を尖らせた。


「なんだよ~凛華なら喜んで付き合ってくれると思ったのになあ~」


なんで私までわざわざ鳥に突かれに行かにゃならんのだ!どこかの糞餓鬼と一緒にするな!


「こら~集合!取り敢えず、今晩は丙琶の宿屋で一泊ね。明日、朝一番に船でその島が見えた辺りまで行ってみましょうね。緋劉ちゃんが楽しみにしているその島に上陸も、その時の様子で判断しましょ」


漢莉お姉様がそう言って私達を呼んだので急いで近づきながら、はーいと返事をした。

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