第14話 休みも終わり

その日から帰るまでの十八日間、緋劉はよく弟妹達と遊んでくれた。一緒に釣りに行ったり、山の上の湖に弟妹達を水遊びに連れて行ってくれたり、時には私の薬草摘みを手伝ったり、屋根の補強と裏の畑の作業、夜は夜にだけ咲く特殊な薬草摘みにも付き合ってくれた。


最後の野菜売りを終えて、満縞から帰って来た父ともすぐに意気投合したらしく、男同士で畑仕事をして、また違う日には朝から縁台を外に出して碁を打っていることもあった。


そして緋劉と私が燦坂に帰る日、弟妹達は盛大に泣いて緋劉に追い縋っていた。


「にぃちゃぁああん!行っちゃやだぁぁ!」


「にぃに~~うえぇぇん……」


いやいや……あの緋劉さんも涙ぐんでますよね?あのえっと、私とのお別れは?


実姉との別離を放置して緋劉と抱き合う弟妹達。いやいや?私、ものすごい疎外感だけど?皆、私も燦坂に帰るんだけど気が付いている?


「大丈夫、すぐ会えるって正月も帰ってくるし」


何だって?今の緋劉の言葉は空耳かな?正月もうちの実家に来る……と聞こえましたが?え、本気かい?


思わず父母を見ると二人共何だか大きく頷いている。


「いつでも遊びに来てねって言ったら、正月も来ていいか?て聞かれたのよ。勿論よ!て言ったらまあ喜んじゃってね~男前な子には母さんも弱いのよ、うふっ」


うふって何よ?隣の父を見る。父も頷いている。


「緋劉君は碁も強いね……話も楽しいし、いつでも来てくれて構わない」


おいっ!なんだかするりするりとうちの家族の了承を取ってしまっていて、私の反論する余地が無い。弟妹達は正月は山の上の湖の氷が張るから、緋劉と一緒に公魚釣りに行くとかの約束をすでに取り付けているようで、楽しそうにはしゃいでいる。


「なんか機嫌悪いの?」


盛大に村人に見送られて楼柑村を出て、しばらく山道を歩いていると緋劉からそう聞かれた。


ええ、ええ、機嫌も悪くなりますよ。実姉で実娘を差し置いて、緋劉!緋劉!と、うちの家族が大盛り上がりでしたからね。


男前だからか?男前だからなのか!?それですべてが許されてしまうのか!?な状態な訳ですよっ……けっ!


「いつの間にかぁ正月も来ることになってるしなぁ」


私がそう言うと、緋劉は何故だか少し照れたような顔になった。


「いつでも来てねって言われたもんな~ずっと来るよって小母さんに言ったら、すごく喜んでくれて……へへっ」


何がへへっ……よ!勝手に決めちゃってって言うかさ、休暇の度にうちの実家に押しかけるのってどうなのよ?自分の実家の満縞にある來慧亭らいけいていに帰らなくていいわけ?


……とはとても聞けなかった。軍に勤めていたら休みなんてほぼ無い。長期休暇が取れるのは、正直十六才までだ。つまり寮を退寮する年齢になると必然的に自身で休暇を取らない限りは休暇なんて取れない。


その貴重な休みを潰しちゃうなんて、実家に帰るのが嫌なのかな?


しかしうちに来て、緋劉は心から楽しそうだった。今も霊力が弾むように噴き出している。


取り敢えず村から少し離れたので、ここから飛んで帰りましょうかね~となったのはいいんだけどさ。


「……ん?早く来いよ」


あれ?何だか行きと立場が逆転になってませんかね?


行きは愚図っている緋劉を、私が手を広げて待っていたぐらいのに帰りはどうしたの?緋劉が手を広げて私においでおいで……と向けてくる。


んん~?そ、そっか、分かったよ!行きは飛ぶのが怖かったから怖気づいていたけど、もう感覚も掴めたから平気になったんだね。よしよし。


私は走り寄ると、緋劉の広げた腕の中に飛び込んだ。緋劉は私を抱き込むと何だか更に胸の中に押し付けてくる。


「ちょ……く、苦しいよ」


「ああ、ごめん」


と緋劉は言ったけど、少し拘束が緩まったくらいで、やっぱりぐいぐいと体を押し付けてくる。


「ん~?ま、いいか。じゃあ飛ぶよ!」


「ああ……」


そして再び空の旅へ二人で飛び出したのだった。


帰りも緋劉はすこぶるご機嫌だった。楼柑村ろうかんむらのあそこが良かっただの、あの甘味の店が絶品だっただの、夜の薬草摘みに行った時に見た夜香虫の輝きが忘れられないだの、一人でよく喋っていた。これもまた行きと逆な反応で、本当にどうしたんだろう?


帰りも休憩を挟みつつ、あちこちの村で買い物をして帰った。途中、母さんが持たせてくれたお弁当を小川のほとりで食べて、そして夜に皇宮横の『第壱特殊遊撃隊』の詰所の裏庭に降り立った。


「帰って来たね~」


「お疲れ!」


緋劉は地面に降り立つとすぐに体の拘束は外してくれたが、まだ腕を掴んでくるというか手を握ってくる?何なの?


すると、詰所の中から人の声が聞こえて来てひょいっと窓から特殊遊撃隊、隊長の愁釉王しゅうゆうおうが顔を覗かせた。


「あ~帰ってきた!ちょうど良かったよ。今すごい情報が入ってきたよ~丙琶へいべの沖合で漁をしていた漁師から伝達の術で丙琶に駐留している警吏に連絡がきたんだって~」


私と緋劉は急いで愁様が顔を出している窓の下に移動した。


「海を泳いでいる『異形のもの』を発見、だって!いや~異形って泳ぐんだね。と言うよりも、その異形がやって来た方角に何かあるんだって。一緒に見に行く?」


「行きます!」


私と緋劉の声が重なった。私達は私服のままで詰所前に移動した。

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