第11話 夏季休暇

さて……私も下山して、愁様に一声かけてから女子寮に戻ろうかと執務室に向かうと、ちょうど緋劉が執務室から出て来た所だった。


「あ、ああ……良かった。お前にも話があるって」


「何の話だろう?」


「夏の長期休暇の件だろう?」


長期休暇……そう言えば寮に入寮する時に寮生活についての注意事項の冊子に書いてあったっけ。


「確か、夏の間は寮監の方やお手伝いの女官さんが休暇を取るから、寮は閉鎖されるのだったね。うっかりしていたな……二十日間だっけ?」


「お前どうすんの?」


「ん?実家に帰るけど……」


何だ?緋劉の目が何かを訴えているぞ……更にじっとりと見てくるぞ?


「俺も一緒に行っていい?」


どーしてそうなる!?


兎に角それはさておき愁様にお声かけをして入室して、長期休暇の説明を受けた。


「凛華は休暇は実家に帰れよー」


と、帰り際に言われたので外に緋劉が居るかと思って聞かれてはまずいと思い、こそこそとしながら愁様に聞いてみた。


「あの斈 緋劉なのですが、実家に帰らないようなのですが……何か理由をご存じです?」


「ん?どうしてそれを聞くのかな~?」


「私の実家について来る、とか言っているからです」


「のわははっ……いや~気が早いなっ!もう実家にご挨拶ーぅ!?」


「違うだろっ!」


全力で否定して、つい不敬な発言をしてしまったので「失礼致しました」と腰を落として非礼を詫びた。


「ぎゃはは……はぁはぁ…げほ、はあ、いや何……あいつはな~親から反対されて軍に入って来たんだって~」


あらまあ……そうなんですか、それで?


「緋劉って満縞州の來慧亭らいけいていっていう、燦坂さんざかにも支店があるだろ?あの大きな飯屋の跡取りなんだよ」


「ええっ!?満縞州ましましゅうに行った時に見たことのある、待ち人がものすごく並んでいるあの、來慧亭ですか!?」


すごく有名な料理屋さんじゃない!しかもちょっとお高めの料理を出す。私達庶民じゃ中々入れないあの飯屋……と愁様は表現しちゃったけど、高級料理屋さんの跡取り息子だよ。


「実家に帰っても親から当たりが強いんだよ。家に帰り辛いんだと思うよ?だ~か~ら、ね?」


ねっ?て小首傾げられてもなぁ。参ったなぁ……理由聞いちゃうと断り辛いじゃない。


執務室を出ると案の定、緋劉が扉の横に凭れて立っていた。


「なんか愁様、めっちゃ爆笑していたけど、どうしたの?」


「一方的に笑われたのよっ。で?やっぱり私の実家について来るの?」


緋劉は小さく頷いた。あああ……捨てられた獅子(愛玩用の小さい動物)の子供みたいな目で見ないでよ。なんでまた瞳を潤ませる必要があるのよ?


「私の田舎、遠いわよ?」


「知ってる」


そうだ……まだ試してないけど、なら田舎に帰る時の時間短縮が出来るんじゃないかな。


「結構な命がけの旅路になりますが、覚悟は出来てる?」


緋劉は命懸けと聞いて、眉根を寄せた。


「何?え、お前んちって確か楼柑村ろうかんむらだろ?あそこに行くまでに害獣とか異形とか出現したことあったっけ?」


何故、私の村のことを知っているの?と言う突っ込みはひとまず置いておいて……


「まあその方向では無い危険を伴いますけどね!まあ事前に安全確認はするから心配は御無用よ!」


そして寮が閉鎖された、その日の朝……緋劉は楼柑村までの移動手段を聞いて絶叫していた。


「うえぇぇ!?嘘だろ!?」


「本当よ?大丈夫~大丈夫~漢莉姉様を使って事前練習はしてきたから!あの姉様の巨体でも上手く運べたから無問題よ!」


そう……馬車移動だと街道を通るから時間がかかるけど、直線距離で山の上を突っ切れば一日、長くて二日で帰れるものね!いや~この風術使えて良かったわ!


「無理無理無理……」


「なぁに?あんた高い所苦手だったっけ?」


「それは全然大丈夫だけど……なんで、その……」


「何よ?」


「そ、そんなに体を密着させないといけないんだよぉ!」


また緋劉が癇癪を起して私を指差した。私は緋劉に向かって両手を広げた姿勢のまま小首を傾げた。


「なんでって、私の体から離れてたら落ちる危険性があるからじゃない。いくらなんでも落下して行く人を風力で上げて運ぶのは、まだ試したことないから怖いわ。それに万が一落ちちゃったら山の木々に串刺しにされて……ご冥福をお祈りします」


「え、縁起でもないこと言うなよっ!何だよもうっ!」


なんでまたそんなに怒るかな……そんなに言うならやめましょうか。


「分かったわ、じゃあ私一人で帰るから!」


私がそう言うと緋劉はまた、捨てられた獅子の子供みたいな目をして見詰めてきた。


「だから、緋劉は漢莉お姉様の所で泊まってね。私と一緒に帰れなかったら泊めてあげて下さいってお願いしたら大喜びされちゃったよ?だから泊めて下さいって直接、お家に伺ってもお姉様は大歓迎だと思うけど?」


緋劉は目を見開くと段々と顔色を悪くしていった。


「漢莉……って漢岱少尉の事だろ?」


「そうだよ、緋劉ちゃんと夜も一緒ね♡って言ってたけど……添い寝してくれるのかな~優しいね、漢莉……あれ?何?」


急に近づいて来ると、緋劉は私に抱き付いてきた。くっくるしぃ……私の体が緋劉の腕の中にすっぽり収まるね。


「早く行こう!一刻も早く移動しよう!やつが来る前に急いで逃げよう!」


な、何?と思ったけど、まあ飛んでくれる気になったのなら無問題よね?


緋劉が飛ぶのを愚図ったらこう言え!と漢莉姉様の言った通りの事を言ってみたんだけど、すごい効き目だね。


私も緋劉を落っことさないようにしなきゃ……と緋劉の背中に手を回した。すると緋劉がびくついたけど、まだ怖いのかな。


「さあ行くよ~!」


私は風術の術札を握り締めた。体がふわりと浮かんで飛び上がった。そして楼柑村の方角に体を向けると一気に飛び出した。

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