第10話 緋劉の変化

この日から斈 緋劉は変わった。


あれほど私に嫌みを言ったり絡んだりしていたのに、一切言わなくなったのだ。そして挙句に私に霊術を教えてくれ、と言ってきた。


初めはこの変わりように半信半疑だった霊術指導だが、緋劉が本当に真剣な事とあれから二ヶ月経つが今だに熱心に指導を受けていることに、やっと疑いの目を向けるのを止めた。


「私、緋劉ちゃんを見直したわ。だって自分より年下の女の子に庇われて、男の子の矜持きょうじがずたぼろになってても可笑しくないもの。それなのに凛華ちゃんを妬みもせず、恨みもせず逆に教えを乞えるなんて男の子っぷりを上げたわね!流石、私の見込んだ男よ!」


いつの間に緋劉を見込んだのだろうか?まあ岩乙女のお眼鏡に適ったのなら、何よりじゃないかな。


岩乙女に体術と剣術を教えて貰い、私と伶 秦我れいしんが中将から霊術を学び、斈 緋劉は愁釉王の言っていた通りにぐんぐんと強くなっていった。


そしてその間にも異形のものは各地に襲来していた。


初めて異形のものの出現を確認してから、この三十年の間で全国各地で目撃情報や襲撃の数が年々増えているらしい。


益々、特殊遊撃部隊の重要性が出てきているのだった。


₪₪₪₪₪ ₪₪₪₪₪ ₪₪₪₪₪ ₪₪₪₪₪  🐉


そしてなんだかんだしつつも、私が入隊してから三ヵ月が過ぎた。


「おーい凛華ちゃん、緋劉を連れて来てよ!」


愁釉王に廊下の向こうから声をかけられて首を捻った。


「闘技室にいませんでしたか?」


「漢……莉が今日の指導はもう終わったって言ってたんだけど、寮にも戻っていないって言われたんだよ、凛華なら場所が分かるのでしょう?連れて来てよ」


思わず愁様に胡乱な目を向けてしまう。


「何か断言していますけど……私が今、緋劉がどこに居るか分かるとお思いなのでしょうか?」


「うん、分かるんでしょう?」


「……」


「はつこいをかえせ~♬」


「…っち、分かりました」


本当っ愁様は根性悪い。一つ息を吐くと霊力を集中した。ゆっくりと第壱遊撃部隊の詰所から沢山の霊力を探って行く。


居た……緋劉は裏山だ。


「連れて来ます」


「頼んだよ~」


ひらひらと手を振る愁様をじろっと睨んでから、窓の外へ飛び降りた。そして人通りが無いことを良い事に風術で一気に裏山まで飛んだ。


我ながらすごい霊力だ、体ごと浮かせて飛ばせるのだ。もしかすると複数人も一気に運べるかもしれない。今度試してみようかな……万が一、上空から落っこちても死ななさそうな岩乙女に手伝ってもらおうかな?


裏山に足を踏み入れると、一直線に緋劉の居る方向に向かって進む。山に入ったついでに薬草を摘むことも忘れない。貧乏性だとそしられてもこれだけはやめられない。今も自分で使う薬の類はすべて手作りだ。


そうそう、梗凪こうな姉様に薬作りを生業にしていたことがばれて、姉様の懇願により今は美容塗り薬の製作に着手している。故に薬草の研究には余念が無い。


草を掻き分けて、小川のほとりに出た。


細い岩の上に立って素振りをする斈 緋劉が居るのが見えた。緋劉はすぐに私に気が付いてぱっと笑顔になると、岩から身軽に降りて来た。


「どうした?」


「愁様が呼んでるよ?」


「おっ?何だろう、了解」


この三ヵ月で背が伸びましたね、斈 緋劉。私もですね、ちびでしたがお蔭様で皇宮の食堂で頂ける食事(無料)が栄養満点で美味しくって、背が伸びて肉付きも良くなってがりがりのちびではなくなってきましたよ。


でも、その私より頭一つ大きくなってしまったね、斈 緋劉よ……ぐぬぬ、悔しい。


緋劉は自身の体に浄化術を使うと、私が手に持っている薬草籠を掴んだ。


「結構重いな、持つよ」


なんだこの……気遣いの出来る俺、格好良いだろ?みたいな対応はっ!いや確かに元々女性人気は高かったが、最近皇宮勤めの女官の方々から、熱い視線を受けているのも知っている。


岩乙女がやきもきして、私の恋敵が増えちゃうから緋劉ちゃんは色気出すの禁止っ!とかなんとか叫んでいたほどに、確かに色気?だかなんだか分からないものは発している気がしている。


そうなんだよな……出会いの頃は恐らく緋劉も子供だったから、私にも感情剥き出しみたいな対応をしていたけれど、年齢が上がってきて落ち着いてくれば、こういう男の子になるのか……と思うと、緋劉も大人になり始めているのね、と感慨深いものも生まれる。


「ほら、貸して」


「ありがと……」


思わず良い男っぷりに感涙しそうになる。あんたっ大人になってっ……ううっ。


横に並んで歩くとやっぱり背が伸びている気がする。おや?見上げると若干、首が痛いよ?


「さっきから、何?やたらと見てくるけど?」


緋劉がじろりと私を見下ろして来た。


「うん……緋劉もとうとう大人の男になったんだな~と思ってね」


緋劉が何かに足が引っかかったのか、すっ転びそうになった。


「ちょっと大丈夫?」


「な、何っ何だよそれっ!?」


何だか真っ赤になっているけれど、褒められて恥ずかしいのかな?


「私も負けていられないな~早く大人の女にならないとね!」


緋劉は益々真っ赤になると


「りっ……凛華にはまだ早いっ!」


と、何だか分からん事を言って怒鳴った。何よ?少しは大人になったと思って褒めて上げたのにまたきいきい怒っちゃって……そうだ、怒りっぽい人には、これだ!


私は麻袋の中を弄って薬草を煎じた粉袋を取り出した。


「これ、緋劉っ飲みなさい!気を静める効果がある煎じ薬よ。これを飲めばあんたも……」


「もうっそれじゃないよっ!凛華の馬鹿!」


何だと?今、馬鹿と言ったな?心の中で折角褒めていたのにぃぃ~


ぷんすか怒って緋劉は一人で下山してしまった。なんでしょうね、あれ。ああ、書物に載っていた子供の反抗期という症状かもしれない。え~と時期が来れば落ち着くとか書いてあったっけ?


「やっぱり煎じ薬を飲ませないとね」

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