第9話 前世の面影

確かに、愁様の言う通り変な生き物だった。


広場で沢山の警吏に囲まれて、術士の結界の中には居た。大きくて元の生物は何だろう……と思わせるほど体にどす黒いブヨブヨした液体が絡みついている、半分軟体生物のような醜悪な『異形のもの』がいた。


愁様の合図で広場に居た術士の結界が解かれた。解かれた瞬間辺り一面に、異臭が漂い始めた。


「気持ち悪いわね……しかも臭いわね、腐っているのかしら?」


梗凪姉様が呟いた。確かに臭い、物が腐敗した臭いだ。思わず異形のものの、周りに術をかけた。


臭いのが一気に消えた。皆が驚いたように私を見た。


「今の何?臭い消えたねっ術よね!」


漢莉お姉様のぶっとい腕に掴まれて揺さぶられた。腕が取れます……お姉様。


「い、今のは……畑仕事している時に堆肥の臭いが嫌でなんとか出来ないかと、編み出した術です。臭い消しと呼んでますけど正式な術名は知りません」


「堆肥の臭い……」


斈 緋劉が呟いた。何だよ?文句あるのか?畑仕事の為に編み出した、言わば生活の知恵だよ!


「いや~流石仙人候補だね!さぁさ、臭いが気にならなくなったことだし、サクッと退治しちゃおうかね!」


勝手に候補にするなっ!私は愁様を睨みながら、剣を抜いた。刃先に炎の術と……重みの加わる術をかけた。


「その術、何?」


今度は緋劉が聞いてきた。何よ?また馬鹿にするの?


「重みを加える術、私の体感ではいつもと同じ重さだけど、使う時に霊力を籠めると数倍の重さに変わるの。洗濯ものを押し洗いしている時に腕が怠くなるので、考えた術」


そう言うと斈 緋劉は目を丸くすると小声で「すげぇ……」と呟いた。あんたに褒められてもちっとも嬉しくないね、ふんっ。


私と斈 緋劉がごちょごちょそんな話している間に、他の皆様は異形のものに対峙する為に移動していた。


「じゃ、お先に~」


という声と共に岩乙女、漢莉姉様がとんっと一気に跳躍した。あんな重そうな体なのに一気に高く飛び上がると異形のものに飛びかかった。岩乙女がふわりと大鎌を振り抜くと、異形は真っ二つに切れていた。


「一撃っ!?」


「すげぇ!」


私と斈 緋劉の声が重なった。


「気を抜くなっ。まだ生きている!」


漢羅少尉の声にはっとして地面に落ちた異形を見た。


気持ち悪いっ!ぐにぐに動いている?なんかこっちに飛んで来そうかも?


そう思って私は私と緋劉の周りに、防御結界を張った。


「!」


急に結界が張られて驚いたのか、馬鹿の緋劉が私の方を見た。


「前っ!」


私がそう叫ぶと同時に異形が飛び上がり、緋劉目掛けて襲い掛かって来た。異形はべったりと結界の上部に張り付いた後、その結界を突き破り、触手のようなものを緋劉の眼前まで伸ばして来た。


私は緋劉を背後に庇うと、異形に切りつけた。かっと体中の霊力が駆け巡る。彼に指一本触れさせるものかっ!


「ぐぎゃあああ……」


断末魔のような叫び声を上げて、異形は燃え上り……炭になった。真っ二つに切られた残りの異形の塊はまだ、地面をのたうち回っている。


「この切れ端はどうしましょうか?」


「確か、霊術師団長が調べたいから欲しいとか言ってなかったかしら?」


伶 秦我中将と岩乙女の声が遠くに聞こえる。まだ霊力が体中をぐるぐると廻っている。


「おい、あの……ごめん、大丈夫か?」


斈 緋劉に声をかけられて、彼の顔を見た。彼の瞳の奥の奥……見詰めればそこに、壬 狼緋じんろうひが居るような気がした。


「大丈夫よ、あなたは殺させないから……」


思わずそう呟いた。斈 緋劉は目を見開き私を見つめ返して来た。しばらく見詰められていて、私の方がはっと気が付いた。


「何、見てんのよ?」


「あ……うん、ごめん」


緋劉とぎくしゃくしながらお互いに顔を逸らした。


「事後処理が済んだら帰るから、浄化術使える人はこの辺りの掃除しといて~」


との、愁様の声に私は、はーいと声を上げて浄化術を使う為に広場の中央に走って行った。

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