第7話 座学

「では、始めますよ」


伶 秦我れいしんが中将の声に物思いに耽っていた私は慌てて教本を広げた。


「今日は『異形のもの』について話したいと思います。え~では……」


ひぇぇ!?伶 秦我中将の冷ややか眼鏡が私の方を見た。名指しされるのを避けようと教本に目を落として身を小さくした。


「では、斈 緋劉。異形のものと呼ばれる名の由来の説明を……」


「はい」


斈 緋劉はそう答えると立ち上がった。ふぅ……助かった。


「異形のものとは、主に蓬莱から渡って来ると言われる害獣及びそれに附随するものの総称です。通常の害獣よりは数倍大きく、時には醜悪に変形して判別の付かない存在になっていることから『異形のもの』と呼ばれています」


「宜しい」


流石筆記試験は満点なだけあるわね。そこは認めてやるわ……初恋ぶち壊し野郎だけどっ!


ちらりと斈 緋劉を見ると教本の影に隠れて私に向かって舌を出していたっ!くそっ腹立つなぁ。


「異形のものが蓬莱から来る、には諸説あります。その一つは蓬莱は三山から成り立ち、泉紀せんき南淳なんじゅん御郷みごうのそれぞれに住まうしん神仙しんせん仙人せんにんがこの世に巣食う魔のものを祓い…祓い漏れたものが下界に降りて来る説。それともう一つ……蓬莱より彼方に存在するとされている異界……能々壱ののいちに住まう異形がこちらに渡って来る説。どちらもあくまで説というだけで、存在を確認したという報告は今の所はありません」


そうなんだよね……異形のものが現れて来るようになったのが、今から三十年ほど前、何処からともなく突然現れて人や家畜を襲い始めた。これに恐怖に怯えた人々が縋ったものが、「現是神げんぜしん」つまりはこの世界を創造されたと言われている神なんだけど、これが今ちょっとした問題になっているんだ。


神に縋りたい気持ちも分かるけどね。


その現是神の下というか、御付きの神の使いの事を神仙と言う。神仙は神に認められて、神格……つまり神と同格の力を与えられた元人間と言われている。


更に自身の力で仙の力を会得した者を仙人と言う。これも最近巷で事件になり、ちょいちょい話題にもなっている。


「その存在が不確かな故に仙人をかたり、無辜むこの民から金品を巻き上げ、壺や数珠などをあたかも異形から身を守れる素晴らしい品……とうたい、売りつけている悪辣あくらつな輩が出ているのも許し難い事態ですね」


伶 秦我れいしんが中将は怒りの為か、冷気霊術を垂れ流して来た。


さ、寒っ……怒るのは最もだけど寒いです、中将。


「こう言っては信仰心が無いと言われてしまいますが、物理的に刃で切る事が出来て、事切れる生き物に壺を投げても意味は無いですしね。あれは害獣と一緒です。あのような生き物は殲滅せんめつあるのみです」


ばっさり……超合理主義、現実論者。こんな性格だから他の部隊で煩い公家の武人から嫌われて、閑職扱いにされていたのよね。そんな伶 中将を愁様がこの部隊に推挙した。


なんかこの部隊って曲者ばかり集まっている気がするのよね。あれ?私も入っているって?……認めたくない。


「まあ、偽物本物は兎も角ですが……仙人になるには沢山の術式を会得して開眼すると仙の目覚めがあるとされています。どうです?彩 凛華さいりんかは目覚めは感じますか?あなたが私が知る限り、一番霊力量が高い術士なのですが?」


いきなり伶 中将に話を振られてあたふたしてしまった。


め、目覚めって仙人の?無い無い無いよぉ!?


「わ、私がですか?あの……そ、そもそも目覚めって、どういうのでしょうか?朝起きたら『仙人になってる!』とか分かるものなのでしょうか?」


と、私が中将と黄兄弟の兄を交互に見ながらそう聞くと、お兄様二人はきょとんとした後、一斉に笑顔になった。


「確かにな~俺も知らんわ!」


「ならば、彩 凛華は是非目覚めた折には、具体的な事例を上げて報告書を上げて下さい」


「たぁ……賜りました」


このお兄様達も系統は違えど、男前なのには違いない。朝から眩しいな……


しかし私は世の中の人のように現是神や神仙、仙人の存在を信じていない。それこそ中将の言葉を借りるなら信仰心が足りない……ということになるのだろうが。


そもそも神が居るならば、前世の私のような子供が救われないのはどうしてなのだろうか?


今、この時代にも悲惨な状態の子供、老人数えればきりがないほど沢山の不遇の方が居る。この白弦国の都の燦坂さんざかでさえも裏路地に入れば、物乞いをしている小さな子供が沢山いる。


神が本当に居るのならば、救ってくれるはずだ。よって私は伶 秦我れいしんが中将の支持派だ。切れるものは切り捨てましょう。切って何が悪い?呪うなら愁様に呪詛を向けてくれ……


「皆~たいへ~ん~」


いきなり会議室の扉が開いた。今のところ、呪われていないっぽい愁釉王しゅうゆうおうが白銀色の髪を揺らして戸口に立っていた。


「異形のものが丙琶へいべに出たって~!」


異形のもの!?とうとうきたなっ!


私達は一斉に立ち上がった。

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