第5話 渾身の一撃

「私の初恋をぉぉぉ返せぇぇぇ!」


私の心からの叫びだった。怒りに任せて最大級の霊力の風術を乗せた拳で、斈 緋劉をぶん殴った。辛うじて私の拳を受け止めようとして、受け身を取ったことは褒めてやってもいい。


斈 緋劉はピューンと飛んで、綺麗に地面に落下した。


死んでない……と思う。ちょこっとは加減した……つもりだ。


「勝者ーぁ、彩 凛華ぁー」


赤毛のお兄様のやる気の無い声が、実技場内に響いた。


「も~っだからぁ別の試験にしとけばよかったのに、ねぇ?」


ねぇ?って聞かれても知らないよ、腹黒お兄様。


後に腹黒男前なお兄様は、愁釉王しゅうゆうおう……この国の第四皇子様という、とんでもなく偉い人だったことを後で知った。皇子様があんな実技場の文机に堂々と座っているのもおかしいよね?


因みに濃い緑色の髪の冷気を放っていた、眼鏡お兄様は伶 秦我れいしんが中将。岩みたいにごつい赤髪のお兄様が、黄 漢羅おうかんら少尉。共に今季新設された『第壱特殊遊撃隊』に所属されている。


そして何故だか、私もその隊に入れられていた。階級は一番下の少吏。おまけに気絶して再試験扱いになったはずの斈 緋劉も、同じ部隊だ。


この部隊配属に、果てしなく嫌な予感がしていたが案の定の事態になっていた。


緋劉は事あるごとに私に嫌みを言い執拗に絡み、私を困らせた。勝手に好敵手呼ばわりされるのも迷惑だ。


私はお前の好敵手になった覚えはない!このっ初恋ぶち壊し野郎めっ……言葉が過ぎたね、反省。


「わざとですか?愁様?」


「何がよ?」


文机で書付をしていた、愁様の白銀色の髪の後頭部を見詰める。しらばっくれちゃって……これを言ったら言ったで、この事に対して弄りまくるのだろうな。


「私は斈 緋劉に目の敵にされています。部隊の士気が乱れる原因となる方を一緒にするべきではないと思います」


この国の第四皇子、愁様はぱっと顔を上げるとニヤーッといやらしく笑った。


「なんでよ~緋劉は合格してこの部隊に入って、やる気を出してるよぉ?凛華ちゃんにぶっ飛ばされたの効果があったね!」


「効果を狙って殴ったわけじゃありません……」


「はつこいをかえせ~ね♪」


「……」


本当にこの愁釉王は良い根性しているわ。


「この部隊……『異形のもの』の討伐専門部隊になる、と聞いたのですが?」


私がそう聞くと、愁様はきゅっと顔を引き締めた。愁様は桁外れの男前なのよね……そこは認めるよ、うん。


「そうですよ~?」


「では尚のこと、実戦で戦えない人員は隊に置いておくべきではありませんよね?」


愁様は小首を傾げた。


「戦えない?誰が~?」


思わず舌打ちしそうになる。本当にこの皇子は根性悪いな、分かっているくせに。


「斈 緋劉です。彼はまだ即戦力にはなりません」


愁様は筆を置くと怖い顔で私を見ながら言った。


「緋劉はこれからもっと強くなるよ。霊力の足りない部分は腕力、体力、知力で補える。あいつはそれが出来る。体の体幹もしっかりしている。おまけに筆記試験は満点だよ?いずれ君にも追いつく。心配してやることはないよ?」


「……心配なんかしていません」


「そう?いつもそんな顔しているみたいだけど?」


「弱くてやっていけるんだろうかって思って見ているだけですぅ!」


しまった……口が滑った。途端に愁様はまたいやらしい笑顔を見せた。


「好敵手だもんね!ほらっ朝一の朝議があるよ?凛華は皆と勉強会!午後は実技訓練だしね〜あぁ〜忙しい、忙しい!」


愁様は立ち上がると手早く文机の上を片付けて、私の背中を押して執務室から一緒に廊下に出た。


好敵手じゃないってばっ!


そう文句を言おうとしたけれど、私を置いて愁様はさっさと歩き出してしまったので、渋々だが後を追いかけた。

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