第4話 失恋とは認めない

白弦国はくげんこく満縞州ましましゅうの白弦軍新規採用実技試験会場内にて、私……彩 凛華さいりんかは前世から今世に跨いで好いていた方に失恋をしてしまったようだ。


いやそもそもだ、失恋と言う表現はおかしなものではあるまいか?


私が前世好きだった、壬 狼緋じんろうひは確かに当時好きだったし、片思いだったと思う。なのに新たに生まれ変わって出会った彼(名前は知らん)に「チビで不細工」呼ばわりされて失恋と片付けるのは、如何なものか……


実年齢より中身の年齢の高さ故に、悟れることも多い。今回のこともその一つだ。


そもそもだが、私が好きだったのは壬 狼緋であって、この生まれ変わりだかなんだか知らんこの子ではないことは確かだ。そして、この餓鬼の声を聞いた所で壬 狼緋本人の声ではないのだから、何を落ち込む必要があるものか。


しかも不細工呼ばわりされようが、壬 狼緋本人から(いや間接的に本人だが)言われた訳ではないので、全くもって気にする必要はないのではないか。


よって私の初恋は思い出に昇華されて、目の前の失礼な餓鬼とは何ら関係無いという結論に至った。


私は一つ息を吐くと自己紹介をした。何事もないように……これぞ大人の対応だ。


「初めまして、今日は宜しくお願いします。彩 凛華です」


「……え?」


何が……え?だよっ!まともにご挨拶も出来ないのかな?私は自分より少し高い位置にある、綺麗な青い瞳をぎろりと睨んだ。


「あなたのお名前は?」


私の迫力に押されたのか壬 狼緋(前世)は、小声で


斈 緋劉がくひりゅう


と言った。


微妙に前と名前が似ているのがまた、腹立たしい。


そして、いつの間にか模擬戦は十四番目まで終わっていた。


「おい……お前もう帰れば?俺には勝てっこないし」


斈 緋劉は黙って前を向いてこの話は終わった……と思わせておいて、また要らぬ事を口走りましたよ。


あらーー?何これ?どこにそんな自信があるのかなあ?……と、聞き返したい気持ちだけど心の中に留めておいた。


思い切って斈 緋劉の霊力を視てみた。ふむ……彼が隠せる術士じゃないとするならば、まあまあの霊力の保持者だと思う。私の足元にも及ばないけどね?ふんっ!!


「十六番、十七番前へ」


「はい」


私は斈 緋劉を見ずにささっと、実技場の中央に歩み出た。文机には白銀髪の眩しい男前のお兄様と、濃い緑色の髪の眼鏡の怖そうなお兄様と、厳つい岩みたいな赤髪のお兄様を含む計六人が座っていた。


「十六番、斈 緋劉です」


「十七番、彩 凛華です」


私が自己紹介を終えると白銀髪のお兄様は、あれ~?と声を上げた。


「彩 凛華ちゃんは軍の試験受けるの~?てっきり霊術師の方に行くと思ったよ!」


この男前なお兄様は、私の霊力値のことをご存じのようだ。隣の眼鏡のお兄様も資料のようなものを見ている。


「軍は厳しいですよ?あなたの特性ならば霊術師でも問題ないと思いますが?」


眼鏡のお兄様、なんか冷気系の霊力放ってませんか?足元がさ、寒い……


「軍の試験の方を受けたいと思いましてここに来ました。宜しくお願いします」


「はい、合格」


「んぃぃ!?」


いやちょっと?今なんて言ったのかな?白銀髪の髪色のお兄様?


「今、なんて言いましたか?合格って……誰が?」


私の隣で斈 緋劉が、反射的に聞き返している。


「あ~えっと、君は別の試験を準備しようかな。合格は彩 凛華」


「どうして?どうしてっ戦ってもいないのにこいつは合格で、俺は違うんですかっ!?」


白銀髪のお兄様は若干にやにやしながら、激昂した斈 緋劉を見た。


「ん~それは凛華が五才の時から決まってて~霊術師の試験受けようが軍の試験受けようが~最初から合格なのよ。歴代最高霊力値の持ち主だからさ」


試験を受けに来ていた受験生がざわついた。もう……なんでまたここで発表しちゃうのかなぁ目立っちゃうよ。


斈 緋劉は驚愕の表情で私を見た。


「お前みたいなちびぶすが歴代最高値だって……冗談だろ?」


いやあのね?流石に大人な私だけどね、こうも衆人観衆の前でちびぶすを連発されると流石に乙女心(実年齢は二十七才だけどさ)も傷つくんだよね。


私はさっと挙手した。白銀髪のお兄様が指でびしっ

と私を指し示した。


「はい、何かな?彩 凛華ちゃん」


「私はここで模擬戦をさせて頂いても問題ありません。彼も私を相手に実技を皆様に御見せ出来ますし、仮に私が彼に敗れましても何も問題はないかと思います」


白銀髪のお兄様は、私を見て目を細めた。


「凛華ちゃんが敗れちゃうの?それはそれで困っちゃうなぁ」


白銀髪のお兄様から威圧的な霊力が押し寄せてきた。この人怖い人だな……私が視える術士だと分かってて垂れ流してきてる。このお兄様って腹黒かな……腹黒だろうな。


絶対負けるなよ……っていう無言の圧力を感じる。わざと敗けて村に帰ろうかな?と思ってしまった弱い心を見透かされたようだ。


「お前っ……偉そうに言いやがってっ!だったら今すぐ俺と勝負しろっ!」


はあ……面倒くさい。これが初恋の彼だったなんて。正確には違うけどそうじゃない、ややこしい。


「じゃあ、模擬戦しますかね?双方位置について……」


赤毛のお兄様が立ち上がり号令をかけた。私は素早く風の術式を組み、対防御の結界を張った。


「成程……ちゃんと修行はしていたみたいだね~」


白銀髪のお兄様の声を聞きながら、目の前の斈 緋劉を見詰める。


しかし……この壬 狼緋、もとい斈 緋劉は腹立つことに男前だな。なんでまたこんな男前なのかな?私に対する嫌がらせなのかな?もっと不細工だったらこんなに腹立つこともないかもしれないのにさっ。


めらっ……と自分の霊力が上がる。勿論、何故にお前が男前で生まれたんだ?に対する怒りからだ。一瞬、体を沈めると私は一気に飛び出した。

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