第3話「美味しいものは素晴らしい」

埼玉県に向かう為、我々は新幹線に乗った。

「牛飯は駅内で買ったし、次は何を買おうか」

「車内販売って何売ってるんでしたっけ」

「なんか硬いアイスクリームあるって聞いたけど」

「それ、東京駅とか名古屋駅じゃなかったか?」

「え、じゃあ東北じゃまだ買えないの」

浮き足立っていた長夜が珍しく、花が萎むように落ち込んだ。こんな姿、田舎の夏の田んぼで夜に蛙が鳴かないくらい珍しい。


「まあまあ、埼玉に行った後でもお二人で東京に行かれては? 私は取材が終われば帰りますが」

「そうだぜ、気を落とすなよ。 ついでに東京寄ろうぜ。 今回の日程はそこまで詰まってないんだし」

そう声をかけると、彼女はすんと元に戻り。

「それもそうだな。 お前、暇そうだし」

クリティカルヒットを俺にかます。

「暇じゃないもん。 ちゃんとゲームのピックアップガチャの予定があるもん」

「はいはい、課金は家賃までね」


自分は家賃ゼロの物件に住んでいるんだが──

「するなって……コト?」


「嫌いじゃないだろ? 縛りプレイ」

「ガチャ《そこ》もですかぁ!?」

銀河鉄道の夜がモチーフになった駅弁を食べながら、にやりと口の片端をあげる。

不覚にもめちゃくちゃときめいてしまった。

駅弁を食べてるだけなのに。


ドギマギしながら駅弁をつついていると、夜長がじろりと睨んできた。

「お前、気をつけろよ」

「な、何を……紳士として目のやり場には気をつけ」

「そうじゃない、馬鹿」

彼女は呆れたようにため息をつく。


「そういうちょろさはなあ。 気をつけてないと、やばいんだ。 隙ってやつだよ。 人間も勿論だが、それ以外となると比じゃないだろ?」

「分かってるって」

そんなことは神職についてから嫌という程、実感している。立場というものがあるから、さっさと逃げるという手が使えないからいざという時は気を張りっぱなしだ。

「本当かぁ? お前は女に弱いからなあ」

先程から自分達のじゃれ合いを気にせず、駅弁に向かっていた紫雪が顔を上げた。

「安心してください。 現場には女性どころか、今じゃ人間は誰も住んでないみたいですよ」


「へぇ……じゃあ幽霊とか?」

意地の悪い笑みを夜長は浮かべる。

それに対して、紫雪は意表をつかれたように目を丸くした後。


「貴女は勘がいいですねえ」

人当たりのいいような、けれどどこか寒々しい笑みを浮かべた。


「そうなんです。 幽霊騒動もちょっとあったらしいんですよ 。 ただ、本件のとはあんまり関係ないかなと思ったので相談の時には出さなかったんですが」

「おおかた、事件の後に肝試しでもやった馬鹿共が騒いでるとかだろ」

「それも当たりです。 なんでも大学のオカルトサークルの子らが、幽霊見たさに事件のあった付近へ行ってみたら……本当に居た、と……SNSの一部界隈でちょっとした話題になってたんですよ」

「ん。 ちょっと待ってください」

軽く右手を挙げてから、会話に混ざる。

「幽霊見たさに行ったってことは……オカルトサークルの連中が行く前にもう幽霊が出る話があったってことですか?」

「ええ、そうですよ。 というか、事件が起きるずっと前からそういう話はあったみたいなんです」

「……」

「重要か? そこ」

長夜が食べ終えた駅弁の蓋を閉じる。


「重要だ。 今回の件、俺が思っていたような筋書きじゃないかもしれない」

「なんだそれ」

紫雪が事務所に来る前、探偵事務所ホームページの特殊項目として作っておいた「不可思議相談」というところからメールを送ってきていた。

そこは基本的に霊の相談など、神秘的なものを相談する時に使うところだ。


彼の相談内容にも、幽霊のことが書かれていた。

ただ、さっき言っていたように事件とは関係のない話のように思えた。幽霊のこと、と言っても色々ある。


例えば白い着物の女だとか、古い服を着た子供だとか、そういう形を持ったもの。これは単体で幽霊そのものと言っていい。

そして、所謂ポルターガイスト現象。こちらは幽霊の姿云々よりも幽霊がその力で物を飛ばしたり音を出したりするもの。


今回は後者。ポルターガイスト現象の方だった。


幽霊自体の目撃はないが、物音がしたりいきなり物が宙を飛んだりとそういうことはあると聞いていた。


「幽霊そのものが姿を見せて出た、幽霊が何かした。 これはそれぞれ別なことだ。 まあ当然、セットで出てくることもあるが……」

長夜の声に真剣さが加わる。

「そのことについても知っておいた方がいい感じか?」

「ああ、これはマジに重要だ。 絶対知っといた方がいい」

「それでは、サークルの子達にも連絡しておきましょうか。 一度、電話で取材してるので連絡先は知ってますから……また電話でも話して貰えるかもしれません。 あ、学生の子たちの謝礼はこっちで持つので」

「ありがとうございます。 じゃあ頼みます」





埼玉に到着したのは、昼頃だった。

「よし、じゃあまずは食べるか」

「そうだな、電話してる時にお腹の音鳴っちゃうと大変だからな。 ご飯は大事」

「そうですね、ご飯は大事ですから。 命を支えるものですから」


行くぞ、と意気込み。

大人三人仲良く、夜長持参の旅行雑誌の美味しいもの特集を覗き込んだのだった。



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逢魔時見聞録―霊視探偵の賛嘆― 猫本夜永 @rurineko

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