第13話 鏡の中の自分を別人格にしてしまう


「ぷっ、はぁ……。気持ちいい……」


 冷えた躰を温める為、ベベルゥは絵瑠馬主エルマス本店の屋上にある日本風の露天風呂に浸かっていた。


「ふーっ……」と長嘆息し、(一人でお風呂に入るのは、やっぱり寂しいよ、お爺……)と、まつげを伏せる。まぶたに浮かぶ光景は、星空の下、二人でドラム缶の風呂に入っていた遠い追憶の日々。まきがなくなり、生地の裁断の時に残った布の切れ端を燃やそうとした幼い日の自分を、祖父ゲンゾーが酷く叱った事も、今では懐かしい思い出……。


「よいか、ベベルゥ。女性が着る為の綺麗なべべになった布も、余った布の切れ端も、元々は同じものなのじゃ。人の命、動物の命、生きとし生ける全ての命。神様は、皆、等しくお造りになられた。じゃから、服を造るデザイナーも、えこ贔屓してはならんのじゃ。パッチワークじゃ。神様の仕事もパッチワークなのじゃ」


「ふーん……、神様はえこ贔屓しちゃいけないんだ。でもお爺、何故世の中には綺麗な人とそうじゃない人がいるの? 神様はえこ贔屓ひいきしてるんじゃないの?」  


「そういえば、そうじゃのぅ」


「僕が神様だったら、世の中のぜ~んぶの女の人を綺麗にしちゃうのにな」


 それを聞いたゲンゾーは一頻り大声で笑った後、


「ベベルゥは優しいのう」と言って、孫の髪を優しく撫でた。


(世の中には鏡を見る事が出来ない存在もいる……。鏡の中の自分を受け入れられない故に精神乖離してしまうのじゃよ……)


「……そうなれば、全ての女性の悲しみや悩みがなくなるかもしれんな。皆が、あの星々のように綺麗に輝く事が出来れば……」と呟き、星が輝く夜空を見上げたあの時のゲンゾーの悲しげな瞳を、ベベルゥは忘れていない。

 ベベルゥは涙を溜めた瞳で、窓の外の満天の夜空を見上げる。涙が零れる前に濡れたタオルを額に乗せた。


「やっほー! ベベちゃん! おまたーって!」って、お股を広げて露天風呂に入ってくるリルルとシルルのカマカマコンビどぅわぁっ! シルルの方はお股に一輪の薔薇の花。リルルの方は、既に気絶しているパパウをあてがっている。そしてリル・シルがどっぷ~んと湯船に飛び込むと、薔薇を銜えたパパウがぷかりと浮かぶ。


「あわわっ~! パパウ! しっかりしろ~っ!」


 パパウを抱き抱えて、必死に上下に揺さぶるベベルゥにシルルが尋ねる。


「ねぇ、その額のサークレットの真珠、大きいわねぇ。お風呂でもそれ外さないの?」


「ええ、この真珠世界一大きいものだって爺ちゃんが言ってました。嘘か本当か、何でも、僕はこのサークレットを嵌めて産まれてきたんだそうです」


「へぇ、そうなの。って、そんな訳ないじゃない!」


「ですよねぇ! アハハハッ!」


 そして、ベベルゥとゲンゾーと同じ願いを持つ男がもう一人、此処に……。


(全ての人間が美しくなれれば……) 


 聖衣大将軍アイル=ルガーファルド。


「その為の人類美化計画なのだ……」


 ルガーファルドの呟きは、誰にも聞かれる事もなく沈黙の狭間はざまへと流れていった……。


第13話 了


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