第12話  オカマノン? オカッパ頭の二人



「ベベルゥ。絵瑠馬主に着いたぞ」


 アリエスは、絵瑠馬主本店の扉を開けた。


「あらぁ! みんなぁ! 帰って来たわよぉ!」と、リルルが叫ぶ。


「自己紹介をしなくちゃね」と、シルちゃん。


 長い黒髪、長身で、着物風のドレスを身に纏っている二人組みのオカマさんをはじめとする、メゾン絵瑠馬主のスタッフ達が、ベベルゥとパパウを暖かく迎えた。


「リルル=コマチですゥ! コマネチじゃないのよゥ。魔術の心得ありまっすゥ」


「シルル=ヤッコですゥ! 冷や奴じゃないのよゥ。法術の心得ありますっすゥ」


「どうぞよろしく、お願い申し上げまぁ、すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」 


 と、二人でハモッたってオカマはオカマなのよねえ。


「あなた、あのゲンゾー=モードのお孫さんなんですってねぇ!」


「シルちゃん、誰よ、ゲンゾー=モードって」 


「馬鹿ね、リルちゃん! アンタももの知らないわね! 幕府 前大老さきのたいろうにして、幻蔵院夢陰流絲奏術の創始者。アニエス様のお師匠様じゃないの!」


「そうだったっけ」


「それより、ベベルゥ。一つ聞いておきたいな。あの少女、チュチュは、どうして、

マヨーク=シャオンル卿を殺そうとしたのだ」


「っ! 気づいてたんですか?!」


「ああ」


「それは……」


 首都リスモン。ローランギャロス城。その西10㎞、ローランギャロスを見下ろすケスタ嶺の上にそびえる館こそ、現灑音流総帥マヨーク=シャオンルの屋敷である。その執務室で、その妻ユークリッド=シャオンルと共に居るマヨークが、報告を受けていた。


「コシズミ。失態だったな」


「はっ。申し訳ございません」と、灑音羅のコシズミが頓首とんしゅする。ベベルゥとウンゲロがチュチュを助けようとした時、彼女を護衛していた灑音羅の頭領である。

 そこに、初老の執事ゴールマドムを伴ったロココ=シャオンルⅢ世が部屋に入ってきた。


「これはこれは……。どうされたのですかな義父上」と、マヨークは手で人払いをする。 部屋からマヨーク、妻ユークリッドとロココと執事の三人以外が退出したのを確かめ、マヨークは、妻に紅茶を入れさせ、それをロココに勧める。が、ロココはそれを無視した。


「どういう事だ。世界一の美的偏差値を誇るスーパーエルフを我が灑音流の専属モデルとし、全世界に於けるファッションモード界の支配を確立する筈ではなかったのか?!」


「わかっておりますよ。御前ファッションショーに、ジュノーン=ラ=セゾンが勝てばよいのでしょう? まぁ、現シャオンル家当主の力見ていて下さいよ。義父様」


 人は灑音流を噂する。『赤の魔術師』、シャオンルの赤は血の色と……。


「そうか……。あの少女はフィーユの娘か」


「チュチュのお母さんを知ってるんですか?!」


「ああ。十九年程前、彼女がエルフマネキンになる前だ。一度だけ彼女のステージを見た事がある。今世界で美的偏差値が一番高いのは、チュチュだが、その当時世界で一番美しい女性は、彼女だったのだ。正に美の女神、ヴィーナスと呼ぶに相応しい女性だった」


「チュチュのお母さんが……」


「それで、チュチュの母上フィーユを助ける方法だが、マネキン化の術は、時空神グーリアと契約し、その力を借りて、その人の時間の流れを止めてしまう術。再び、その時間の流れを元に戻したいのなら、その術者を殺す事だ。……で、マヨークは、彼女が娘である事を知らないのだな」


「ええ。僕は、実の娘に父親を殺させるような悲劇を起こさせたくはないんです!」


「……そうだな。一つ方法がある。もっとも、万に一つの可能性もないだろうがな」


「本当ですか! アリエスさん!」


「それは……。時間神グーリアの方を殺す事だ。そうすれば、術者を殺さずとも、全世界のエルフマネキンを解放する事が出来る」


「でも、アリエスさん。そんな偉い神を殺すなんて出来るんですか?!」


「だから、万に一つの可能性もあるかどうかわからんのだ」


「……そのグーリアを殺す方法は?」


「残念だが、それは私にもわからない。ただ、神話によれば、グーリアは、その子供の大神ヴァーグによって、『ヨロンヘルスの谷』に幽閉されたそうだ」


「『ヨロンヘルスの谷』って、何処よ、シルちゃん」


「さぁ・・・・・・、アリエス様、何処です?」


「神、シルドリヨンの治める冥界アバドン、陰府よりも地下の世界だという……」


 ヨロンヘルスとは、限りない闇の深淵という意味である。大地の外れ、深い地の底にある地獄……。天上の世界から岩を投げると、九日九晩落ち続け、十日めに大地に落ち、更に九日九晩地の中を落ち続け、十日めにヨロンヘルスに着くという。


「でも、父親を殺さないでチュチュのお母さんを助ける方法の手掛かりが見つかったんだ。アリエスさんのお陰です!」


「ところで、ベベルゥ。御師匠様、ゲンゾー様は元気でおられるか? 御師匠様の手紙によれば、私の許でデザイナーの修行をさせて欲しいという事だが……。ならば、君の覚悟を聞いておきたいな。君は今のファッションモード界をどう思う? それに、どのようなデザイナーになりたいのだ?」


 三思さんししていたベベルゥは、俄頃がけいの沈黙の後、こう口を開いた。


「……今日、リスモンの城門である女の子に出逢ったんです。その少女は、美的偏差値が低かったので、町に入れなかった。彼女が言うんです。私はブスだって。僕は彼女に何も言う事が出来なかった……。その時、思ったんです。僕がデザインした服でそんな彼女の心を護ってあげたいって。美しいかそうでないかによってその人の価値が決められてしまう世界なら、美しさが数字で測られるような世界なら、一刻も早く終わらせなきゃって」


「……流石、ゲンゾー様の孫だな。その考え方はゲンゾー様と同じだ。だが、それ故に幕府大老の職を追われ、リスモンのファッションモード界から追放されたのだ」


「お爺が……」


「ああ。幕府支配では、美しくない存在は、その存在価値を認められない。『美しい者は美しい服を、そうでない者はそれなりの服を』、『人はその存在の有り様に似合うものを身に付けなければならない。自然に見えるものを着ろ!』という、一見して真理にも思える幕府大綱の裏で、幕府はファッションモード界を都合のいいように操作しているのだ! ファッションモードは一つの美しさだけを追求してはならない。色々な美しさの有り様を世界に提示しなければならない。それだけに、ファッション・モードは全人類、全ての亜人種、いや全ての生きとし生けるものの絶滅に関わる重要な役割を担っているのだ!」


 興奮し、息を荒げるアリエスの顔は怒りに燃えていた。


「……アリエスさん。アリエスさん」と何度かよんでもアリエスの返事はない。


「……ん? ああ、すまない。なんだね?」


 先程とはうってかわったような表情で、アリエスはベベルゥに微笑む。


「幕府を倒すって本当なんですか?」


「ベベちゃん!」リルルがギョッとして振り返った。倒幕。その言葉を聞いた時の皆の反応があきらかにおかしい。特にアリエスの。ベベルゥはじっとアリエスの顔を見つめる。

 アリエスは「フーッ」と長嘆息ちょうたんそくしてから、「……それを聞いてどうする」と言って、ベベルゥの瞳を見つめ返す。  


「僕も一緒に闘います!」と、ベベルゥは即答した。


「それが、どういう事を意味するのかわかっているのか?」


「わかってます! 何故お爺がアリエスさんの許でデザイナー修行をさせようとしたのかわかりました! お爺もそれを望んでるんです! だから、一子相伝の幻蔵院夢陰流絲奏術を僕に教え込んだんです!」


(……。この子も祖父ゲンゾー様と同じ道を歩もうとしている……)


「もう遅い。ベベルゥ、今日はゆっくり休みなさい」


 その時だった。扉がギィッと開き、ベベルゥの既知きちの顔が覗く。


「モンドさん!」と、ベベルゥが声をあげる。


「よぉ!」


 その顔を見て、思いがけない人物が破顔はがん一笑いっしょうした。


「モンド! エドモンド=ラクスロア!」


 アリエス=ヴェーダ、その人である。



第12話 了


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