第11話 キッチュ=異端服着用者



「そうか……。おお、そうだな。ではこうしよう……。世界一美的偏差値の高い長命種族の王女、チュチュ=アンノを、その御前試合の勝者に専属モデルとして与える。どうだ。ベベルゥ。これでもまだ勝負を拒否するか……」


「将軍ともあろう者が、そんな卑怯な真似をするのか!」と、抜絲術の構えに入る。


「無礼者!」と伊勢守が叱咤すると、護衛の侍達が腰の物の鯉口を切る。


「落ち着くんだ、ベベルゥ! 今暴れたところでどうにもならん。彼女を取り戻すにはこの勝負を受けるしかない!」


 唇を噛み締めルガーファルドをめ殺していたベベルゥが、臓腑の底から声を絞り出す。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました」


「よし。このファッションショーは、御前試合とし、ジュソーンの後見人をマヨーク=シャオンル、ベベルゥの後見人をアリエス=ヴェーダが務めるべし。よいな」


「はっ」と、恭しく頓首とんしゅするマヨークとアリエス。


「モデル選びもデザイナーの審美眼、力量を見極める要素となるからな。お互いそれぞれの服に相応しいモデルを選ぶべし。楽しみにしているぞ。下がっていい」


 そう言うルガーファルドを怒りの顔で凝視するベベルゥ。ルガーフェルドの方は、そのベベルゥの額に黄金の輝きを放つ世界最大の真珠を黙って凝視していた……。

 チュチュは、羅傀守達に連れて行かれる。


「ベベルゥ!」


「心配しないで、チュチュ! この勝負、僕が絶対勝つから! そして、君のお母さんを助ける方法を必ず見つけ出すから! それまで早まっちゃ駄目だよ!」


 扉の奥へ消えて行くチュチュから視線を外したベベルゥは、マヨーク=シャオンルを凝視しながら、アリエスに伴われて退出する。


 ルガーファルドは、一同は退出するのを待ち、伊勢守に尋ねる。


「……伊勢守よ。どちらが聖衣大将軍に相応しいと思う」


「上様が思われるのと同じでござります」


「フフフッ……。そうか。……人類美化計画。もうすぐだな」


 了意りょういしている聖衣大将軍カイル=ルガーファルドと伊勢守の口吻こうふんに笑みが浮いた……。

 初代聖衣大将軍アマデウス・ヴァルアによるランセーズ幕府による支配が始まって、今年で二百五十年になる。その時代は、人、特に女性にとって、戦国時代より悲惨な時代であったと言ってよい。人間は、肌・髪・瞳等の色、身長・体重・(B-W-H)等の情報から幕府が算出した美的偏差値に従い、幕府が個々に義務付けた衣服、それを着用しない

キッチュ

者、即ち異端服着用者キッチュは、捕縛され、改服させられる。

 『踏み服』の強要、SM紛いの拷問。乳房だけを露出させたゴム製の拘束衣を着せ、市内の彼方此方あちこちで十字架にかける。女性を辱める想像出来ぬ程の残虐な行為が、異端服改方によって全世界で既に行われていたのだ。

 独逸ドイツの強制収容所のように、一人一人が大勢の幕府官吏の前で全裸となり、様々な測定機器によりあらゆる肉体の情報が数値化された。目の大きさ、鼻の高さ、唇の厚さ、黒子の数と位置、乳房の容量、乳輪の直径、体毛の本数、体臭の五味(甘・酸・辛・苦・鹹)。計測されたありとあらゆる数値、客観的な尺度から、その個人の美的偏差値が算出され、

 幕府の巨大な数据庫データベースに蓄えられた人間の統計から、その個々に似合う香水、衣服の色やスタイルが何十万通りと弾き出される。

 そこに、細かく区画された地域の出生率の数値を加味し、性的興奮を増大させる服、減少させる服のどちらかに定められた、その地域の全体的なファッション・モードの中で、その何十万通りの中から、最終的に、水着二通り、冠婚葬祭用に四通り、四季それぞれ三十通り位に一年毎に絞られるのだ。

 当然、ビキニやボディコンを法的に着用出来ない女性も存在してくる。だが、人類の歴史上、体制側により人民の服飾に規制が設けられなかった時代は高々二、三百年程度であり、洋の東西を問わず後の時代の殆どは、何らかの形で人民のファッション・モードを体制側が管理していたのである。

 イタリアのとある観光地で、市長が太っている女性のビキニタイプの水着の着用を禁じた事が問題になった事件は、記憶に新しい。

 アフリカのコンゴでは、旧ザイール時代、民族的な衣服の着用を強制し、カビラ政権となっても、政府は女性のミニスカートやスラックスの着用を禁止した。

 本朝でも、慶安二年(一六四九)発令の『慶安御触書』には、「百姓は衣類の儀、布・木綿より外は、帯・衣裏にも仕る間敷事」という条項がある。


 そして今、全世界、黎元れいげんのファッション・モードが、幕府の支配下にあった……。




第11話 了

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