第9話 カノンという悪魔


ランウェイをウォーキングするそんな彼女に合わせて目で追い、彼女の美しさに失語する観客達。明眸皓歯めいぼうこうし連娟れんけんたるその容姿。スラリとした肢体したいに、世の男は傾国けいこくという称号を与えるだろう事。恒河沙こうかしゃ程いる女性の中で、冠絶なまでの美貌を持つスーパーエルフを産み出された神の御業に感謝する世の男もまた恒河沙程いるだろう事は想像に難くない。

 そして、そのスーパーエルフが、ステージに居並ぶクチュリエ達の前に立つ。彼女が専属モデルとなるメゾンを選ぶその時がやって来たのだ。

 と、その時だ。特設ステージが設えられた謁見の間の扉が開かれ、大勢の警備員を引き連れた少年が、観客席に乱入してきた。その少年がステージ上のスーパーエルフに気づく。


「チュチュ!」


 だが少年の声も、鳴り響く音楽隊のドラムロールにかき消され、少女の耳には届かない。(クソッ! 聞こえないのか! 一体誰がチュチュのお父さんなんだ!)


 そして、ドラムロールの終わりと共に彼女が一人の男の前に立つ。

 万雷の拍手が巻き起こり、彼は笑いながらそれに応えると、スーパーエルフ、チュチュの許へ歩を進め、握手をしようと手を差し出す。と、まさにその時! チュチュの口が呪文の詠誦えいしょうに入る。


(あの人がチュチュのお父さんかっ! いけない、チュチュ!)


 ステージ上に駆け上がろうとする少年を多くの警備員が押さえ込もうとする。


「そうだッ!」と、少年は咄嗟とっさにミンムーの尻尾を掴むと、ステージへと投げた。


「行けっ! パパウ!」


「ピグーッ!」


 投げられたパパウは、一直線にチュチュの許へ向かい、その顔に張り付いた。

 ステージ上と観客席の異変に気づいた観客達が騒然となり、SPが聖衣大将軍アイル=ルガーファルドを取り囲む。その透き間から、SPに取り押さえられている少年の顔を見るルガーファルド。


「……伊勢守。あの少年、報告にあった少年のようだな」


 ルガーファルドは、伊勢守から差し出された一葉いちようの写真と、実物のベベルゥを見比べる。


「はい。エスアルド様です」


「……余と、あのベベルゥ=モードとか言う少年。どちらが美しい?」


「……上様でございます」


「正直に申せ。美的偏差値だけで言えば、この少年の方が美しい……。だが、問題は……」


「心……ですな」


「そうだな。機械で心の美しさまで測る事は出来ない」


「報告では、美的偏差値の低い醜人の少女を助けようとしたとか」


「二百五十年探して見つける事が出来なかった【X-J】。それに、世界一美しいエルフ。『人類美化計画』が、漸く動き出す事が出来るぞ。伊勢守、ベベルゥ=モードと、エルフの少女、それにマヨーク=シャオンル、ジュソーン=ラ=セゾンをこれへ……」


 伊勢守は手でSPに命じ、ベベルゥの身体検査をさせる。財布等の小物に混じり、一通の書状が見つかる。SPはその書状を伊勢守に渡し、その表書きを見た伊勢守はルガーファルドに恭しく差し出す。その書状を改めるルガーファルド。


「アリエス=ヴェーダもこれへ」という将軍の言葉に従い、絵瑠馬主のデザイナー、アリエス=ヴェーダも将軍の前にやってくる。

 ベベルゥとチュチュ、それにアリエス=ヴェーダ、マヨーク=シャオンル、ジュソーン=ラ=セゾンという名の美少年の五人が、将軍の前に並んだ。将軍の左右には、老中達が居並んでいる。そして将軍の背後に控えしは、将軍専属魔奴宦 羅傀守ラックス-A。四人共劣らぬ連娟れんけんたる美女達である。

 上半身だけシフォンでシースルーになったタイトなボディースーツに身を包み、伊勢守の左に控えしは羅傀守の亜麻魅あまみ。幕府算定美的ランクでは『BB-1』でミリタリー調の帽子を被った輝くブロンドの髪に、男の心を射るような挑発的な大きな瞳。上半身の透け透けファッションから覗く乳房は、マーチン乳房型における分類法では、ギリシャ的な『天上のビーナス』そのままの半球状(お椀型)の豊かな美房であり、そのスタイルの良さは流石に将軍の魔奴宦マヌカンである。


第9話 了

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