第8話 美的偏差値


 旧大統領府、エリーゼル宮。此処で、世界最高の美的偏差値を持つスーパーエルフのお 披露目ひろめを兼ねた、彼女を獲得する為のコンテストが開かれていた。

 聖衣大将軍を前にしてファッションショーを開き、そのスーパーエルフに何処のメゾンの専属モデルになりたいかを選ばせるのである。

 観客席には豪華絢爛ごうかけんらんな衣装に身を包んだ大名の正室達を含めた招待客、報道陣に加え、各メゾンのクチュリエ達の姿が見える。

 聖衣大将軍が臨席するという事で、蟻の子一匹入れない厳重な警備網が敷かれており、今、見窄みすぼらしい辻駕籠つじかごがこのエリーゼル宮の正面玄関に到着するや否や、その回りを取り囲む。


「降りろ! 何者だ!」という侍の推何すいかに応じて、駕籠から一人の少年が降りる。


「ベベルゥ=モードと言います! 通して下さい!」


「まずIDカードを見せろ!」


「IDカード?! そうだ! あれっ?! 無い! 何処かに落としたんだ!」


「怪しい奴め! ちょっと番屋まで来て貰おう!」


「離して下さい! 灑音流総帥マヨーク=シャオンルという人の命が危ないんです!」


「何だと?! お前がその暗殺犯なんじゃないのか!」


「一刻の猶予もないんだ! 通してー」と言い掛けた時、ベベルゥの両腕を掴まえていた侍が二人吹っ飛んだ。


「旦那! 此処はあっしらに任して、行ってくだせぇ!」


 駕籠舁の二人が、体を張って必死に侍達を制止している。


「すいません!」と叫ぶなり、ベベルゥは入り口に突っ込んだ。


「なかなか、今宵のコレクションは見応えがあるな」


 と、その男は玉座に座して、近侍きんじしている男に嬉笑してそう呟いた。

 そうこの美丈夫こそ、ランセーズ幕府第17代聖衣大将軍アイル=ルガーファルド、その人である。

 美丈夫。正に神話世界から抜け出したような神々しいばかりに整った顔立ち。185㎝以上はある体躯たいくを、錦上きんじょう花を添うように、真っ白な御表袴と紅の御単、葵文紅地の御衵と白の御下重、その上から、両袖に青竜が描かれた黄櫨染こうろぜんの御袍が包んでいる。足元まで伸びた長い黒髪、その頭に乗せられている冕冠に取り付けられた銀細工の龍が、天下を睥睨へいげいするかのように鋭い眼光を放っている。黄櫨染の色、櫨に蘇芳すおうを混ぜて染め抜かれた赭黄色は、正に太陽の象徴。それは、天下に一人、即ち地輿ちよ(地球)に唯一の御方のみが着る事を許された色であった。

 そして、聖衣大将軍の隣に控えている男こそ、幕府側用人、鷹宮家伊勢守。これまた眉目秀麗びもくしゅうれいと呼べる尼甫である。

 伊勢守は、万般にわたる知識を有して股肱ここうの臣となり、ルガーファルドに嬖幸され、辣腕らつわんふる要路ようろの高官として内外に広く認知されている人物だった。

 セルリアンブルーの瞳を持つ切れ長の双眸に、スッと通った鼻梁びりょう。金色に輝く髪を総髪にし、両方の蟀谷から一房ずつ顎のラインまで流しているその髪の先を、色白の細い指でクルリと丸めては離すその仕草は、いっそ妖艶と言える程に優雅であった。

 ステージ上では、最後の灑音流のショーが終わり、万雷の拍手と共に総帥であるメインデザイナーのマヨーク=シャオンルと灑音流のセカンドラインの少年デザイナーが登場。挨拶をし終わると、司会者がこの御前ファッションショーで服を発表したメゾンのクチュリエ達の名前を呼んでいくのに合わせ、次々とステージ上に登場してくる。その中には、メゾン絵瑠馬主のデザイナー、アリエス=ヴェーダの姿もあった。

 全員が揃った後で照明が落とされ、魔術師による演出で召喚された精霊がステージ上を飛び回っている。さぁ、いよいよ、噂のスーパーエルフの登場である。

 突如舞台中央に、虚空から糸が紡がれていく。その糸が回転をし、次第に繭を形成してゆき、そして完成した繭が発光をしだした。

 そこに現れた一人の戦士が、剣を抜いて、それを繭の真上から振り下ろす。と、その繭の中から現れた一人の美少女。スーパーエルフの登場である。燦爛さんらんと真紅に輝くクリノリンドレスを纏った彼女は、神々しいまでに輝いていた。



第8話 了

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