第6話 シェイクスピア 槍を自動で振る悪魔

 

 悲鳴にも近い絶叫が、二人の周囲をシェイクスピアの悲劇の空間にすり替えた。


「我々エルフは人間の何十倍、何百倍もの時を生きる。人間にとれば、永遠と言える程の若さと美貌を我々は持っているわ。だから人間は我々をファッションモデルとして使うのよ。五、六年しか持たない人間のモデルより、何百年美しいままの姿でいられるエルフを手に入れる為に、有名ブランドは人を雇い、こぞっててエルフ狩りをする。私の森からは、それで一人もエルフの女性はいなくなったのよ」


 エルフの尊厳が込められた強い口調だ。ベベルゥは何を言っていいのかわからなかった。エルフのモデルは、代々受け継がれていくブランドの財産なのだ。人間より遥かに長命で、気品ある美を持つエルフ。そのエルフを専属モデルとして雇い、コレクションのステージに登場させるメゾン。いや、『雇う』ではない。スカウトと呼ばれるハンター・ギルド組合員に誘拐同然に攫われてきて、メゾンに売られる。灑音羅をはじめとするスカウト、別名エルフを狩るモノたちによるエルフ狩りの始まりである。

 一方、オークやコボルド等、美とは対照なる醜悪なる外見を持つ種族は、徹底的に弾圧され、また人間でも、奇形を持つ者や不具な者、まるで化け物のような外見の者は、悪魔の眷属けんぞくとされ、容赦ない差別と拷問を受けたのである。

 『美』という観念。美しいか美しくないか、ただそれだけという二極化された世界。そんな悲しい世界に怨嗟の声を上げるように、スーパーエルフの美少女は、言葉を続けた。


「だけど、わかるでしょ? ファッションには流行があり、時と共に移り変わって行くわ。そして、モデルも……」


 エルフのモデル寿命は五百年以上と言われているが、実際はその十分の一程である。それは何故か。簡単に言えば、飽きるからである。ステージに現れるモデルは、それを見る観衆に疑似的な恋を体験させなければならない。つまり、観客の目を奪うという事である。 

 だが、同じモデルが何百年もステージに立つとなると、それは、観客に結婚というマンネリを与えるだけ。結婚ではなく、モデルは観客に一時の恋を感じさせればいいのだ。

 観客の方の人間は何百年も生きられないのだから、同じモデルを何百年も見続ける事は出来ないが、十年、二十年でも同じ顔触れがステージに登場したら、それは飽きてしまう。 だから、エルフといってもそのモデル寿命は人間モデルの十倍程度(勿論スーパーがつくエルフは、伝説にも残るように五百年以上もモデルとして活躍している。大体各メゾンに数人はそういったスーパーエルフがいる)なのである。


「……モデルとして使われたエルフがその後どうなるか……。あなたは知らないでしょうね」


「モデルとして使われた後? それはどういう事ー」


「此処が何処だかわかる? 此処はリスモンモードの中心メゾン、灑音流よ」


 見回すと、フロアには高級なドレスを着せられたマネキンが多く立ち並んでいる。


「だ、誰か来たらどうするんだいッ!?」


 慌ててキョロキョロと辺りを見回すベベルゥだったが、


「大丈夫よ。今夜はショーの方に皆出払っていて、誰もいないわ」


 回りの様子を眺めてみる。中世期のエンリコ様式のその建物は総大理石造り。内装は華美で、高価な絵画や装飾品等が所狭しと飾られ、アクアリウムになっている高い天井から、豪華なシャンデリアが吊り下げられていた。

 壮麗なまでの光景に目を奪われているベベルゥを他所に、小女は側にある一体のマネキンに歩み寄った。ベベルゥは、マネキンが纏っている『灑音流・レッド』の真っ赤なドレスに興味を引かれたのだと思ったが、それが間違いだった事に直ぐ気づいた。

 少女は、ドレスではなく、マネキンの手を取ると跪いてその手を自分の頬に当てた。


「な、泣いてるのかい……?」


 その通りだった。どうして? その答えは・・・。次の瞬間、ベベルゥは言葉を失った。


「ま、まさかッ! マ、マネキンが泣いているッ?!」


「……わかったでしょ。此処にいるマネキンは、全員エルフなのよ」


 その少女の言葉に、ベベルゥは驚きを禁じ得なかった。そして、それを確かめるように、自分の側にいるマネキンに近づき、マネキンの顔を恐る恐る覗き込んだ。そのベベルゥの顔から見る見る内に血の色が失せていった。


「ステージに立てなくなったエルフはね、こうして生きたままマネキンにされるのよッ!」 


 なッ! なんて事を……。だが、彼女の悲劇はこれで終わりではなかった。

 少女は勝手知ったるように、奥の方に歩を進めて行く。その後をついて行くベベルゥ。

 と、少女の歩みが止まった。


「見て」という言葉にベベルゥは上を見上げた。その壁にはガラスケースに収められた、華美なドレスを着た人形が何十体も・・・・・・。


「……ハッ! そ、そんなッ! まさかこれもッ!」


「その、まさかよ……」と、少女はそう言うと、一体の人形、いや生きた人形と化したエルフの前に立った。

 そして、そのガラスケースの中央で、その存在を誇示するかのように輝く、一際美しいスーパーエルフ。そのスーパーエルフの瞳からは、血の涙が流れていた。

 そのエルフを愛おしそうに見上げている少女の口から驚くべき言葉が呟かれた。


「私の母よ」という言葉にベベルゥは絶句した。少女の恬然としたその口調に……。


「エルフ狩りで連れて行かれたお母さん……。そのお母さんが突然森に戻って来て、私を生んだの。人間、お母さんを雇っていたデザイナーの子供をね。……だけど、私を産んですぐ、母さんはまたこのパリスへ帰って行ったわ。私を残して……」  


「ど、どうして?!」


「モデルを続ける為よ。愛するデザイナーのもとでね」


「そ、そんな……」


「その揚げ句がこれよッ! バカみたいッ!」 その言葉とは裏腹に、彼女の瞳から涙が堰切ったように溢れ出していた。


「君のお母さんを助ける方法はないのかい!」


 その質問に、スーパーエルフの少女は答えなかった。少女の両肩を揺さぶるベベルゥ。


「……あるわ。たった一つだけ……」


「何?! どうすればいいの!」



第6話 了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る