第5話 フランスのオンム=男
「私に掴まって! デ・ハイ・エ・テストラ! 我を虚空へと運べ!
少女がテレポートの呪文を唱える。と同時に、光に包まれて二人と一匹は転移した。
ドサッ!
ベベルゥは地面に尻餅をつく。テレポート・アウトしたのは、とある店の中だった。
「あ、痛ててててててっ!」
辺りはすっかり暗闇の支配する世界となっていた。中空の暗闇に冴え冴えと光る月が穏やかに辺りを照らしだしていた。辺りを見回し、誰もいない事を確認した後で、手を差し出すエルフの少女。そして、彼女はベベルゥの顔をじっと見つめる。
(この人なら大丈夫)
直感である。一目見ただけで、彼女は、ベベルゥが信頼出来る相手だと感じ取った。
切れ長で僅かに吊り上がっているが魅力的な瞳。色はブラックで、スッとした鼻筋に薄い唇。髪はやはり艶やかな黒で、髪形は、襟あし部分に長さを残したグラデーションボブで、レイヤーがトップに軽く入れられている。
いきなりベベルゥの胸元に恋人同士がするように飛び込んだ彼女の甘酸っぱい少女の体臭が、ベベルゥの鼻孔を擽り、母親の愛を知らないベベルゥの心にぬくもりを教えた。
「ナナナナナナナナ、何ッ?!」
ベベルゥは顔を赤らめ、抱き締める訳にもいかず、『カリオストロの城』のラストでクラリスを抱くに抱けないルパンよろしく、両手を宙でワナワナさせている。
「……あなた、デザイナーのニオイがするわ……」
少女はベベルゥの胸元からゆっくりと離れると、憫察するかのようにそう呟いた。
彼女の、自分に対する興味が急速に薄れていくのをベベルゥは感じ取った。
二人の間に流れる沈黙の時間を埋めるかような、外から聞こえてくる風が揺らす街路樹の葉がざわめく天籟の音だけが、二人の閉じた世界の音の全てだった。
「君はデザイナーが嫌いなの?」というその問いに、少女はベベルゥの瞳を見つめた。
その時、その少女は右手で耳元から髪を掻き上げた。長い耳が覗く。
「ベベルゥ。あなた、ファッションモード界で我々エルフがどう使われるか知ってる?」
「どうって……、リスモンやミラノス、エドコレクションの華やかなステージに立ってー」
「違うわッ!」
第5話 了
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