第3話 カノンの予定調和崩れる



 肩輿とは囚人が乗せられ、獄卒が肩で担ぐ輿の事である。それはおりになっており、その中に囚人が座らされるのだ。長命種族の王女ともあろう者が、いや、それよりもいたいけな無辜の少女が囚人扱いを受けているという事実に、人助け精神の高揚を抑えようとするベベルゥの理性がものの見事に吹き飛んだ。

 ベベルゥは、その肩輿の檻の中で俯いている少女の横顔を見た。彼女もこちらを見た。視線が合う。その彼女の口唇が微かに動く。ベベルゥには、聞こえたような気がした。


「た・す・け・て……」と。 


 抜絲術の構えをとり、思わず走りだそうとするベベルゥ、その肩を掴む男がいた。

 モンド、ではない。ベベルゥの瞳に映ったのは、先程、『新レッフェル塔』の展望台に居た、ド派手な神官服に身を包んだ髭ボーボーのズングリムックリの中年男だった。


「止めておけ。敵は天下の灑音羅。簡単に倒せる相手ではないぞ」


「離して下さい!」中年男の手を振り解き、ベベルゥは肩輿の前に飛び出した。そして、

「幻蔵院夢陰流絲奏術、絲詞鳴怒ししおどし)!」


 自分の服から抜いた絲を矢にして、夜空へと放った。ヒューッという風切り音がしたかと思うと、その絲矢は頂点に達し、その刹那、花火よろしく大音響と共に爆発した。

 群衆の視線がその華麗な絲矢花火に集まる。肩輿を担いでいた獄卒、灑音羅の足も止まり、空を見上げた。その僅僅きんきんの時間の隙に、ベベルゥが先制攻撃をかける。


「幻蔵院夢陰流絲奏術、絲剛気しごき!」


  

 絲剛気とは、絲に気を送り込んで鋼化させる、絲奏術の最も基本的な技である。

 鋼化した絲剣を手に灑音羅に斬りかかる。流石に一騎当千の灑音羅である。彼らも直ぐそれに気づき、抜刀する。数合すうごう、切り結ぶベベルゥと灑音羅。

 だが、敵は二十余名の兵だ。直ぐさま、灑音羅はベベルゥを取り囲む。 


「クッ」と唾棄するように吐き捨てると、ベベルゥはモンドの忠告を思い出した。


(本当、命が幾つ有っても足りないや……)


 と、その時だ。一人男が群衆の中から飛び出してくる。そう、先程ベベルゥを制止しようとしたあの中年オヤジだ。


「一人の少年をいたぶるとは、放ってはおけん! このグッチャーの中のグッチャー、グッチャグチャのウンゲロ様が、灑音羅如き成敗してくれる!」


 ウンゲロと名乗ったオヂタンが、自分の着ているケバイ服から絲を抜いた。


「喰らえ、灑音羅! 厳名流絲奏術、絲羅剣!」


 絲羅剣とは、服から抜き出した数本の絲に気を送り込み、剣化する技である。


 バキッ! ドゴーンッ!


 ウンゲロが、剣と化した十mの絲を横に振るうと、街路樹が次々と倒れていき、群衆が悲鳴をあげて逃げ出す。ベベルゥを囲繞していた囲みが解けた。 そして、ウンゲロと名乗った中年オヤジが、ベベルゥに向かって叫ぶ。


「此処では市民が巻き添いになる! 風上の公園の中へ!」


 絲遣いと戦闘に陥った場合、風下に位置する方が圧倒的に不利になる。

 ベベルゥは、ウンゲロの言葉に従い、通りに面していた公園へと飛び込む。そして、


「オジサンは逃げて下さい! 関係ない人を巻き込むわけにはいきません!」


「お前さんだって、あの娘とは何の関係もないじゃろ?!」

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