第2話 フランスのオンム=男

 

 時間は停午ていご。先日より、ファッションショー、つまり幕府主催の『リスモン・春夏コレクション』が開催され、キリスト降誕祭を控えたこの町は活気だっている。 


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はモンド。諸国を漫遊まんゆうしているただの傾奇者かぶきものだ。ところでお前さん、一体何の為にこのリスモンに来たんだ」

 フランス語では男の事をオンムと言う。


「僕はベベルゥ=モードです。デザイナーになる為に、このリスモンにやってきました」


「モードってまさかお前さん、幕府のさきの大老たいろうのゲンゾー=モードと何か関係があんのかい?」


「えっ? お爺を知ってるんですか」


「やっぱりそうかい! お前さんのその服ゲンゾー=モードのものだな。実を言うと、俺の着ているこの着物もゲンゾー=モードのものよ。それで、ゲンゾー殿は今でもデザインを?」


「はい。故郷の日本、琉球の石垣島で、村の人達の服を細々と作っています」


「なるほど。ゲンゾー殿らしい。それで、ゲンゾー殿の後を継いでデザイナーになるのか……。だが、この御洒落おしゃれ御免ごめん都市としリスモンでデザイナーになるのは大変な事だぞ。いくらゲンゾー=モードの孫でもな。何かつてでもあるのか」


「それなんですけど絵瑠馬主エルマスの店は何処でしょうか? お爺がそこのメインデザイナーのアリエス=ヴェーダという人に宛てた紹介状を持ってるんですけど」


 アリエス=ヴェーダ。ランセーズ幕府の首都リスモンで老舗しにせメゾン絵瑠馬主の新進気鋭のクチュリエである。

 シャン・ジェ通り。この通りには灑音流シャオンルをはじめとする数多かずあまたのメゾンがひしめき合うファッションストリートである。そして、『暗殺通り』として悪名高き通りでもあるのだが、女性は勿論大抵の観光客はそんな事を知る筈もなく、ウキウキ気分爽快通りを歩く感じで、高価な洋服を買い漁る女性達で年中賑わっている。 

 そのシャン・ジェ通りの一角に絵瑠馬主のリスモン本店がのきを構えていた。


「そこがそのアリエス=ヴェーダの店絵瑠馬主リスモン本店だ。巡り逢ったのも何かの縁。俺はこのオテルに泊まってる。何かあったら訪ねてきてくれ」

 オテルとはフランス語。

 フランス語ではHは無音のアッシュで発音しない。


 モンドはホテルの名が書いてあるメモ用紙を渡してウィンクした。


「ベベルゥよ。一つだけ忠告しておくぞ。今日は、御前ファッションショーがあってな、そのショーで最高の美的偏差値を持つ長命種族の女のお披露目があるっていう事で警備が厳しくなってる。さっきみたいにトラブルに首を突っ込んでいたら、このリスモンじゃ命が幾つあっても足りないぞ。それは『匹夫ひっぷゆうだ。わかったな? じゃあな」


 ベベルゥは、その場を立ち去るモンドの背中に深々と御辞儀をすると、「よし!」と声を出し、頬をパンパンと叩いて絵瑠馬主の扉を開けようとする。が、閉まっている。クローズの札が掛かっているのだ。「休みか・・・」と呟き、「モンドさんは?」と辺りを見回すが、「もういないや」と独りごちて、思案しあんに暮れた。


「さて、どうしようか……。仕様が無い! 知り合いと言ったらモンドさんしかいないし、取り敢えず、観光しながらこのホテルに行ってみるか! そうだ!」


 ベベルゥは、雲一つ無い青天白日の空へそびえるある物を見上げた。天にも届くバビロンタワーよろしく聳然しょうぜん屹立きつりつする、リスモンのランドマークタワーを……。


「へい、旦那! 乗っていきますかい?!」


「わぁ、びっくりした! あなた達、さっきの駕籠舁かごかきさんですね。じゃぁ、お願いします」


「これが『新レッフェ塔』かぁ……。流石に高いなぁ。日本は、えっと、あっちか」


 ベベルゥは辻駕籠つじかごに乗って、凱旋門がいせんもん、マンローザ大聖堂、モンルの丘、リスモンの観光名所といわれる場所を巡り、夕闇迫るこの時刻、この『新レッフェ塔』に昇った。蛍の灯火が彼方此方で灯り、それを見る者にまるで地上を見下ろす神にでもなったかのような神秘的な体験をさせてくれる。


「どれ、パパウもお腹すいてきただろう。よし、モンドさんのホテルを訪ねてみるか」


 と、帰ろうとするベベルゥが、眼下に流れる光の川を注視する。


 目を瞬かせるベベルゥに、此処の第1展望台の案内係が御親切にも教えてくれた。


「ああ、何でもあれは、史上最高の美的偏差値を誇る長命種族の王女が、旧大統領府のエリーゼル宮で開かれる、お披露目の御前ファッションショーに向かう行列だそうだよ」


 その言葉にベベルゥの隣で双眼鏡を覗いていた、派手な神官服を着た男の瞳が光る。

 ベベルゥは、モンドの言っていた事を思い出した。


「可哀想だねぇ。灑音流のモデル集団 灑音羅シャオンラー。君もその悪名あくめいは聞いた事があるだろう? 彼らに捕まったら最後、死ぬまで、いや永遠に死ぬ事も許されず灑音流の為にモデルとして働かされるそうだよ。その王女様もそうなっちまうんだろうねぇ」


「そんな!」


「おいおい、私に怒っても仕様が無いだろ? 市民も観光客も皆、どれ程美しい女性かを見る為に街へ繰り出しているよ。御簾中ごれんじゅうやその他の大名の正室達、一部の特権階級に加え、報道陣しか御前ファッションショーには入れないからね。もっとも美的偏差値が70以上あれば話は別だがさ。もうすぐ此処の真下を通るから、君も見物してきたら?」


 その言葉に素直に従ったベベルゥの意図は、単に世界最高の美的偏差値を持つ女性を見たいという下卑た野次馬根性、男の本能的欲求に起因するものではない。

 ベベルゥが『新レッフェ塔』から降り、その長命種族の王女を一目見ようとこうしてその行列を見物してる訳は、モンドから『匹夫の勇』と忠告されようとも、困っている人を放ってはおけないという人間の根源的な感情が、ベベルゥには人一倍あるからだ。


(何とか助けてあげたい。『義を見て為ざるは勇無きなり』だ)という思いで、ベベルゥはその行列が来るのを夥しい群衆と共に待っていた。


 そして、遂に長命種族の王女の行列が、ベベルゥの視界に入ってくる。

 その行列を見てベベルゥは震駭した。さぞや豪奢ごうしゃ権門駕籠けんもんかごにでも乗っているかと思えば、彼女が乗せられているのは肩輿かたごしだったのだ。その肩輿を護衛するかのように、二十数名の護衛部隊灑音羅が前後左右を固めている。



第2話 了

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