CHU2ーいんぐーグミ 仏蘭西編
飯沼孝行 ペンネーム 篁 石碁
第1話 リスモンの宙(そら)
一章 CHUーらさん
「これがリスモンか……」と、ベベルゥはランセーズ幕府の首都、幕府が置かれているリスモンの守護天使の彫像を頂く城門の前で、一人そう呟いた。
ベベルゥ=アキオ=モードは、日本の琉球から出て来た、ファッションデザイナーを目指す、一週間後のキリスト降誕祭に18歳の誕生日を迎える17歳の少年である。彼の格好は、袖と丈がやや短め、襟と袖口に金糸の刺繍がある亜麻で織られた純白の
彼の額には黄金細工のサークレットが
彼の涼やかなるその容姿は、惚れ惚れするような男ぶりだった。
「よし! 行くぞ! パパウ!」
「ピグッ!」と、ベベルゥの連れているミンムーが軽やかに鳴き声をあげる。
ミンムーとは羽のある小型の有袋類。翼のあるコアラと思っていただければよい。
城門を潜ろうとしたベベルゥは、城門を守っている兵士に呼び止められた。
「坊主。そう、そこのお前。観光客か。入国審査を受けるように。こっちへ来い」
無愛想な兵士に促されて、ベベルゥは城門の脇にある番小屋の中へ入る。
「ほぅ。坊主、ハンサムだな。これより美的偏差値と美的ランクを算定する。このリスモンに入るには資格がいる。美的偏差値50未満の人間は、この町には入れん。その美的偏差値を算定する為に、此処で全身のあらゆる部分をこの機械で計測するのだ。さぁ、脱げ」
美的偏差値。それは即ち、その人の美しさが全体の中でどの程度の水準にあるかを示す数値の事。この数値に従い幕府により個人の着る事の出来る服が決定されるのだ。
そして美的ランクとは
「坊主。名前は?」
「ベベルゥ、ベベルゥ=アキオ=モードです」
番小屋の中には、その美的偏差値を算定する為の機械が所狭しと置かれている。
この機械にかかれば、目の大きさ、鼻の高さ、口唇の厚さ、黒子の数と位置、足の長さ、女性に至っては乳房の容量や形、乳輪の直径までも計測され、それらの情報から、美的偏差値が算定されるのだ。ベベルゥは言われるままに下着一枚になり、機械の中へ入る。
ベベルゥの胸で、十字型の赤い痣がその存在を誇示していた。
「よし。ほう! 美的偏差値78! 美的ランクは『JDー1』か! 人間でこれだけの美的偏差値があるとはな。スーパーエルフ並だぞ! 一応、上に報告しとくからな」
検査官は
「それ。これがお前のIDカードだ。お前のその美的偏差値だと、このリスモンでは
大手を振って歩けるぞ。いや、次の聖衣大将軍にだってなれるやもしれん! ハハハハッ!」
聖衣大将軍。それは世界一格好の良い、容儀である美男子で、夥多なメゾンのクチュリエの白眉である尼甫の称号。写真入りのIDカードを渡され、ベベルゥは番小屋を後にし、(此処は、一体どういう街なんだ)と、疑問符ばかりが浮かぶ心の中で呟いた。
「へぃ、旦那! 観光客だろ! 乗ってかねぇかい?!」と、流しの辻駕籠が声を掛ける。
「いえ、結構です」と、断るベベルゥの
「だめだ、だめだ! ビンビ=ドマール。お前は美的偏差値49だな。お前は入れない」
「そんな殺生な! 1しか違わないじゃないですか! お願いします!」
一人の少女と、彼女の召使の少年が、兵士相手に
「お前は立ち去れ! 問題ある者はこのリスモンに一歩たりとも入る事まかりならん!」という
「うるさい!」と、兵士の一人が思い切り少年の体を蹴り上げた。
「マエゾー!」と、少女が心配そうに召使の少年の許へ駆け寄る。
「美的偏差値50未満の人間は、斬り捨て御免で、殺しても罪には問われないんだぞ!」
兵士が
「止めろ!」と、冥冥の裡にベベルゥは叫ぶなり、咄嗟にその兵士を殴り倒した。
「大丈夫? さ、立ってー」と言い掛けて、「ぐほっ!」
腹に鉄拳を叩き込まれたベベルゥは、体をくの字に折り曲げた。
「よくもやってくれたな!」と、ベベルゥに殴られた兵士がお返しとばかりに、ベベルゥの顔を蹴り上げた。彼らの周りには、既に人だかりが出来ていた。十数人の兵士達が、続々とベベルゥ一人に制裁を加えてゆく。ベベルゥは、少女を庇うようにして
「グッ! ウッ!」と、ベベルゥが呻き声をあげた、その時である。
「一人相手に大勢というのは、大の大人がやる事かい?」
野次馬の中から現れたのは、傾奇者の風体をした美丈夫。美的偏差値で言えば間違いなく70は超えている。その傾奇者が、スラリと刀を抜き、青眼に構えると、数瞬の後だ。
気絶し、もんどり打って次々と倒れる兵士達。峰打ちである。
「よう。お前さん大丈夫かい?」
手を差し伸べられ、ベベルゥは体を起こす。そして、彼が庇っていた少女も立ち上がる。
「お前さん、中々勇気があるじゃねえか」
「いえ、そんなんじゃ……」
「あのぅ、ありがとうございます。私のような女の為に……」
「おっとぅ、やめようや。そんな自分を蔑むような言い方は。お前さんは充分魅力的やで」
「お世辞は止めて下さい! 私、自分でもわかってるんです! ブスだって事は!」
「そんな事ないよ。僕はベベルゥ=モード。確かビンビと言ったね。君は・・・」
「あなた方のような美的偏差値が高い人にはわからないんです! 醜く生まれた者の悲しみは! 親を呪い、神を呪い、全てを呪って生きていかなければならない、この悲しみ!わかりますか?! いえ、わかるわけないわ!」という、自分で全人格を否定するかのような、少女の悲痛な叫びに、何も答える事は出来ないベベルゥの心に浮かぶ無力感が、「ウゥッ!」と、泣きながら城門の外へ駆け出す少女の背中へ痛い程突き刺さる。
「お嬢様!」と、ベベルゥ達に頭を下げ、マエゾーという召使の少年が、彼女の後を追う。
「あッ! 待って君達!」
「よせ、引き留めた所で何もしてやれる事はない。あの娘、リスモンに何の為に来たのかはわからんが、今現在の法律では、彼女の美的偏差値では此処に入る事すら出来ないんだ」
走り去る少女の背中をじっと見つめるベベルゥの横顔が悲しい程切なかった……。
と、その傾奇者が、この一件を見物していた群衆の中に、黒衣を纏った男を見つける。
(あの男……。いや、まさかな。あの男が此処にいる訳がない)
「よし、奴らが起きる前にずらかるぞ」
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