第180話 国づくりに向けて
私はエルドレッド様に相談するため、彼の臨時執務室にやってきた。
「ホリーさん、今日は何か相談があるそうですが……」
エルドレッド様は普段どおりの紳士的な微笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「はい。クラウディアさんのことが落ち着いたので、魔王様に言われていた件を考えてみました」
「なるほど。それで結論は出たのですか?」
「はい。まず、私はやっぱりホワイトホルンの薬師で、祖父グランの遺志を継いで患者さんの治療を続けたいです」
「そうでしたか」
エルドレッド様は微笑んだまま、小さく頷いた。
「そうだろうとは思っていました。やはり無理強いはいけませんね。父は残念がるでしょうが――」
「あのっ! ただショーズィさんと話をしていて新しい形があるんじゃないかって」
「新しい形ですか?」
「はい。ショーズィさんの国ニーホンにはテンノーという家の人が皇帝をしているらしいんです。ただ、不思議なことにテンノーは儀式をするだけで政治は何もしないそうなんです」
「なるほど。ですがそのような統治が成り立つのですか?」
「はい。なんでも象徴テンノーというそうなんです。それで私も象徴女王になって、祭壇で聖域の奇跡を使う儀式だけをすればいいんじゃないかって、ショーズィさんが言っていたんです」
「……つまり宗教的な形で権威付けをして、実際の統治は別の者が行うわけですね。たしかにこれなら内乱や戦争で統治者が変わったとしても、権威と政治が分かれているため国民の統合は継続できる。なるほど、これは中々よく考えられたシステムですね」
そこまでは考えていなかったが、言われてみればそんな気もする。
だが少し気になるのはショーズィさんの国ではそんなに度々内乱が起きているのだろうか?
魔族であれば魔力の強いものが魔王となるため、内乱が起きるなど考えられない話だ。
「分かりました。ではホリーさんを象徴女王とする新生リリヤマール王国を建国するという方向で調整しておきます。ショーズィさんにも話を聞いて……そういえばミヤマーもショーズィさんと同じ国の出身でしたね。彼からも……そういえばホリーさん」
「はい?」
「クラウディアさんは結局どうなったのですか?」
「ミヤマーさんと結婚することにしたみたいです」
「なるほど。それはちょうどいいですね」
「ちょうどいい?」
「ええ。権威付けをするのであれば聖導教会の残党のうち、聖女たちは残そうと考えていたのです。彼女たちは教会の中で閉じ込められ、利用されていただけですからね」
「そうですね」
「クラウディアさんとお話することはできますか?」
「はい。ただ、私も立ち会わせてもらいます。心の傷は癒えつつありますが、完全になくなったわけではありませんから」
「わかりました。私のほうから病室を訪ねます。日時は……」
こうして私は象徴女王となることを決めたのだった。
◆◇◆
二日後、執務の合間を縫ってエルドレッド様がクラウディアさんの病室にやってきた。
「はじめまして。私はエルドレッドと申します。この度はミヤマー殿とご婚約なさったとお聞きしました。心よりお祝い申し上げます」
エルドレッド様はそう言って小さな花束を差し出した。色とりどりの花々が鮮やかに咲いていて、見ているだけで嬉しい気分になれそうだ。
しかも花言葉が祝福や未来を意味するものばかりで、細部にまで気が使われている。
「まぁ、感謝いたしますわ」
クラウディアさんはそれを嬉しそうに受け取り、匂いを確認した。
「あら? これは匂いがしないんですのね」
「はい。こちらは匂いの出ないよう、魔法で特殊加工を施してあります」
「そんなことができるんですのね。はぁ。本当に、教会で聞いていた魔族とはまるで違いますわね」
そう言うと、クラウディアさんは花束を流れるような動作でミヤマーさんに差し出した。するとミヤマーさんは部屋の隅に置いてあった空の花瓶に生けていく。
クラウディアさんはエルドレッド様ににっこりと微笑んだ。
「クラウディアですわ。お祝いいただいたこと、感謝いたしますわ」
「いえ、慶事をお祝いするのは当然のことです」
「そう……」
クラウディアさんは何やら複雑な表情をしている。
「それでエルドレッド様、今日はどのようなご用ですの? わたくし、聖導教会は抜けるつもりですから、そういった点ではお力になれませんわよ?」
「……そうでしたか。実は、聖導教会の残された聖女たちについてご相談があるのです。お話を聞いていただけませんか?」
「ええ。構いませんわ。ただ、お力にはなれないと思いますわよ」
「構いません。実は――」
エルドレッド様は私を象徴女王とする新生リリヤマール王国についての計画を話した。私と話したときよりもかなり具体的になっており、かなりしっかり考えてくれたことが良くわかる。
「そう。聖導教会を滅ぼしたあとはホリーさんが……」
クラウディアさんは窓から遠くを見た。
「そうですわね。ホリーさんの奇跡の力はわたくしたち人族の聖女とは違って本物ですものね」
そう言うとクラウディアさんは小さくため息をついた。
「これはとても良いことだと思いますわ。わたくしたちは教会以外のことを知らずに生きてきました。人を救うために神に祈り、奇跡の力を会得しましたが、そんなわたくしたちの仕事の多くはお金持ちに教会へ寄付をさせるための行為ばかりでしたわ。ホリーさんのように人を救うために働けるのであれば、喜んで参加する聖女も多いことでしょう」
「では、クラウディアさんも参加していただけますか?」
するとクラウディアさんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「わたくし、この長い髪を切るつもりなのです。ですからもう奇跡は……」
「あ、それなんですけど、たぶんなんの問題もない思います」
「え?」
クラウディアさんだけでなく、ミヤマーさんも驚いた様子で私のほうを見ている。
「これも図書館にあった本に書いてあったんですけど、奇跡を使うときに長い髪が必要なのは聖族だけらしいです」
「そうなんですの?」
「はい。ほら、奇跡を使うときって私、こうやって髪の毛に魔力を行き渡らせてるんです」
私は実演するため、軽く浄化の奇跡を発動した。
「そうするとこんな感じに髪が輝くんです」
「……」
「でも、人族の聖女たちはこうはならないと聞きました。だから髪を長くしておく必要があるのって聖族だけなんだと思います」
「……そう、でしたのね」
「はい」
クラウディアさんはがっくりとうなだれ、そんなクラウディアさんを気遣い、ミヤマーさんが優しく背中に手を置いた。
それからクラウディアさんはしばらくの間黙り込んでいたが、やがて顔を上げる。
「あの……」
「大丈夫ですわ。はぁ。でも、ちょっとショックですわね。教会はわたくしたちのことをまったく信用していなかったということですもの」
「え?」
意味が分からずにいると、エルドレッド様が解説してくれる。
「ホリーさん、教会は聖女が自分で好き勝手に動き回れないようにするために、あれほどの長さまで髪を伸ばさせていたということです」
「あ……」
なるほど。そういうことか。
「ともかく、そういうことでしたらわたくしは協力しますわ。残る聖女たちの説得も承りましたわ」
「そうですか。それは助かります」
「ええ。ねえ、タクオ様? わたくし、自分で歩けるように訓練したいんですの」
「え? で、でもおなかの赤ちゃんに……」
「歩くくらいなら大丈夫ですわよね? ねえ? ホリー先生?」
「あ、はい。激しい運動はダメですけど、体が辛くない範囲で歩くのでしたらおすすめしますよ」
「ほ、本当に?」
「ホリー先生がそう言っているんですのよ? タクオ様は心配し過ぎですわ」
「そ、そうかな……」
なるほど。どうやらこの夫婦はクラウディアさんがミヤマーさんを尻に敷く形になりそうだ。
私はその微笑ましい様子に思わず笑みが零れるのだった。
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