最終話 魔族に育てられた聖女

 それからトントン拍子に話が進み、私は神聖リリヤマール王国という新しい国の象徴女王として即位することとなった。


 神聖リリヤマール王国は権威と統合の象徴として聖族の女王がおり、統治は女王が任命した政府が行う。


 さらに女王は聖女でもあるとし、人族の聖女を従えることとなる。


 これは患者の治療を続けたいという私の希望なのだが、聖導教会が囲い込んでいた聖族の末裔でもある聖女たちのためでもある。


 さらにこうすることでなんとなく聖導教会を信仰してきた人たちを味方につけることができるのだそうで、一石三鳥と言ったところだろう。


 ちなみに聖導教会は相当腐敗していたようで、末端の教会でも平然と汚職が行われていた。寄付金は教会の責任者である司祭が着服するのは当然のこととして行われ、なんと女性信者を言葉巧みに騙して強姦するなどといった言語道断な犯罪行為がが行われていたケースまであった。


 真面目に信仰していたのは純粋培養されていた聖女たちと聖騎士たち、そして貧しい人たちばかりだというのだからなんともやりきれない。


 当然のことながら聖堂教会の財産はすべて没収となり、組織自体も解体された。


 罪のある者はたとえ聖職者だろうと牢屋に入れられ、特に上層部の人たちは断頭台に送られることになるだろう。


 また、戦闘で破壊された大聖堂はリリヤマール城として魔族の大工さんたちの手で立派に再建された。


 当時の記録を参考にしているので、お母さんが暮らしていたころのお城に近いものになったのではないかと思う。


 ただその一角は人族の聖女たちの住居と教育用のスペースにした。


 聖女たちを悪用されないように保護するという目的もあるが、それと同時に奇跡を教え、さらに薬の知識も教えるつもりだ。


 そうすれば彼女たちは奇跡だけでは治療できない患者さんをも救えるようになる。


 私の理想の薬師は、おじいちゃんのように患者さんを救うためにはどんな苦労も厭わない薬師だ。


 だからこそ、奇跡が使える薬師が増えればより多くの患者さんを救うことができると想っているのだ。


 あっと、もう聖女と言わなければいけないんだった。


 とまあそんなわけで、私は聖女と認める条件を聖導教会のものから変更した。


 元々は治癒の奇跡を使えることというのが条件だったが、さらに浄化の奇跡を使えること、解毒の奇跡を使えること、解呪の奇跡が使えること、そして見習いレベルの薬に関する知識を持っていることという四つが加わった。


 クラウディアさんもヴァージニアさんもシンシアさんもこの話を好意的に受け入れてくれて、率先して勉強をしてくれた。


 そのおかげもあってか、地下に捕らえられていた他の人たちも素直に勉強してくれた。


 元々は純粋でいい人たちばかりだったので、きっと彼女たちが新しい聖女として多くの人々を救ってくれるようになるはずだ。


 一方で、町はかなりの住民がゾンビとなり、暴れ回った影響で荒れてしまっていたが、最近は大分復興してきた。


 住民がかなり減った影響で空き地は目立っているものの、聖導教会に追われた旧リリヤマール王国の人々が続々と還住げんじゅうしてきているそうだ。


 それに人族は増えるのが早いので、この問題はすぐに解消されることだろう。


 そんなことを考えながら、私は自室の窓から外を見た。ここはお母さんの居室があったのと同じ場所だそうで、ここからだと町の様子が良く見える。


 町はお祭りムードに包まれており、新女王の誕生を今か今かと待ちわびていると聞いている。


 そういえば、私が生まれたときもお祭り騒ぎだったそうだ。


 十六年の時を経て、私はお母さんと同じ景色を見ている。


 そう思うとなんだか感慨深い。


 私はしばらくの間、その景色をじっと見続けるのだった。


◆◇◆


 そしてついに戴冠式の日がやってきた。


 私は白をベースにした美しいドレスに身を包んでいる。このドレスには聖銀糸がふんだんに使われており、純白のシルクを美しく彩っている。


 さらに胸元では旧リリヤマール王国の国章をかたどったペンダントの赤い宝玉が優しく輝き、手には同じ国章を模った飾りのついた杖を持つ。


 ペンダントトップの赤い宝玉は聖域の奇跡を込めたお母さんの宝玉で、飾りだけを付け替えた。


 それと杖にも邪神に利用された宝玉があしらわれている。呪いを解いたこの宝玉には豊穣の奇跡を込めておいた。


 豊穣の奇跡も魔力をかなり消費するため、お母さんの宝玉の助けを借りられるというのはとてもありがたい。


「陛下、参りましょう」


 クラウディアさんが私に声をかけてきた。クラウディアさんもドレスを着ているが、お腹周りはゆったりしている。


 クラウディアさんのお腹は少しずつ大きくなってきているためあまり無理はさせたくなかったのだが、どうしてもというので負担の少ない付添人をお願いした。


「ええ、クラウディア。ヴァージニア、シンシア、よろしく頼みます」


 私は女王らしく、威厳のある風な口調でお裾持ちを務めてくれる二人に声をかけた。


「はい」

「お任せくださいませ」


 ヴァージニアさんとシンシアさんはそう言うと、私の長いスカートの裾を持ち上げる。


 ちなみに三人ともあの異様に長かった髪を切っている。クラウディアさんはミヤマーさんの好みだということでセミロングに、ヴァージニアさんとシンシアさんは私と同じ膝までの長さにしている。


 三人とも以前と変わらず奇跡を使えており、聖女としての務めにはなんら支障をきたしていない。それどころか側仕えの助けを借りずに一人で動き回れるようになっており、そのプラスの効果は計り知れない。


 それから私は城内を歩いていき、謁見の間へとやってきた。


 玉座の前には魔王様が立っている。それにエルドレッド様やニール兄さんたちも来賓席から私を見守っている。


 魔族以外の来賓も多く参列しており、見定めるような目で私を見ている。


 私はそんな彼らの視線を浴びながらも魔王様の前へとやってくると、カーテシーで礼を執った。


「リリヤマール王国女王ソフィアが娘、ホリーよ。女王ソフィアに代わり魔族の王ライオネルがリリヤマールの聖冠を授ける」

「母の代理をしていただき、心より感謝いたしますわ」


 私は魔王様の前に一歩歩み出て、ひざまずく。すると魔王様が私の頭にリリヤマールの聖冠を被せてくれた。


 ちなみにこの冠は歴代のリリヤマール女王に受け継がれてきたものだそうで、聖導教会の宝物庫の奥でほこりを被っていたところを発見されたものだ。


 私は立ち上がり、魔王様に右手を差し出した。すると魔王様は私の手を取り、玉座へとエスコートしてくれる。


 そのまま玉座に着席し、魔王様がその隣に立った。


「ここに神聖リリヤマール王国の女王ホリーが即位したことを宣言する」


 魔王様が大声で宣言すると、割れんばかりの拍手が湧きおこった。中には涙を流している人もおり、マクシミリアンさんはその筆頭だ。


 だがその一方で、面白くなさそうにしている人もいる。 


 魔王様が手を上げると拍手はピタリと鳴りやんだ。


「女王陛下よりお言葉がある」


 魔王様がそう宣言し、手を差し出してきた。その手を握り、魔王様のエスコートを受けて立ち上がる。


 すると魔王様が小声で囁いた。


「そなたには今、拡声魔法をかけた。これでそなたの声は町中に届くだろう。さあ、町に住むすべての者に声を聞かせてやるといい」

「はい」


 私は深呼吸をすると、暗記しておいたスピーチを始める。


「みなさん、わたくしはソフィア・リリヤマールの娘、ホリーです」


 精一杯女王らしく、大きな声で皆さんに呼びかける。


「今から十六年前、聖導教会にそそのかされたシェウミリエ帝国とヴェルヘイゲン王国によってわたくしの母は、わたくしの父は、そして多くの者が殺され、リリヤマール王国は失われてしまいました」


 私はひと呼吸置き、言葉を続ける。


「聖導教会は赤子であったわたくしを奪い、都合のいい存在として利用しようと考えていました。それだけではありあせん。聖導教会は地上をアンデッドのみが住まう土地にしようと考える邪神の信奉者でもありました。皆さんはこう思ったことはありませんでしたか? 年々ゾンビの被害が増えているのに、どうして聖導教会は聖女を派遣してくれないのか、と」


 すると思い当たる節があるのか、参列している人族は皆一様に頷いている。


「それだけではなく、ここサンプロミトを襲った赤い雨の悲劇は記憶に新しいことでしょう。多くの人々が大切な家族を、友人を失いました。この悲劇はリリヤマールの女王が代々ゾンビを抑え込むために使っていた力を、聖導教会が呼び出した邪神によって使われてしまったことが原因です」


 いつの間にか、聴衆は私をじっと見ている。


「わたくしはゾンビを抑え込むためにその力を使いました。わたくしはこの地が再びゾンビによって悩まされることはなくなることを約束します」


 人族たちはホッとしたような表情を浮かべている。


「そしてもう一つ、わたくしはここに聖女であることを宣言いたします」


 すると謁見の間がざわつく。


「といっても、聖導教会の言う聖女ではありません。わたくしの言う聖女とは傷ついた者に寄り添う者です。この世界の理不尽の象徴であるゾンビによる被害を少しでも減らすため、病や怪我で苦しむ者を、大切な家族を失って悲しむ者を一人でも減らすため、わたくしは聖導教会に騙され、利用されてきた聖女たちともに新しい聖女の形を作り出します」


 私はひと呼吸置き、言葉を続ける。


「聖女とは、飾りではありません。聖女のいる病院を作ります。助けを必要とする者がいれば、聖女は駆けつけます。そこに種族の壁はありません。人族でも魔族でも、公平に助けます。それが新しい聖女です」


 すると聴衆の中から自然と拍手が湧きおこった。


 その拍手が鳴りやむのを待ち、私は言葉を続ける。


「わたくしは、母のかかりつけであった魔族の薬師によって育てられました。彼は生前、魔族であろうと人族であろうと、分け隔てなく治療を行ってきました。わたくしは、そんな彼を心から尊敬しています」


 私の次の言葉を聴衆たちはじっと待ち続けている。


「わたくしはリリヤマールの女王として、そして魔族に育てられた聖女として、わたくしの国を種族の垣根のない平和な国にしていきたいと思います。どうか、皆さんもわたくしに力をお貸しください」


 聴衆たちは立ち上がり、拍手を送ってくれている。


「わたくしはここに、神聖リリヤマール王国の建国を宣言します!」


 その興奮冷めやらぬ中、私は建国を宣言したのだった。


◆◇◆


 その後、私は魔王様、エルドレッド様、クラウディアさんと共にバルコニーに出て、広場に集まり熱狂する人々の声援に応えた。


 人々は私の名前を呼び、新たな時代の到来を祝ってくれた。


 そしてその三日後、私はニール兄さんたちに護衛してもらいながらホワイトホルンに帰ってきた。


「ホリー!」

「アネット!」


 私は一直線にハワーズ・ダイナーに向かい、アネットと抱き合って再会を喜び合う。


 あんなに大変な役目を引き受けてしまったため、もうホワイトホルンで今までのように楽しく暮らすことはできないだろう。


 だが私はおじいちゃんの孫娘として、そして何より自分自身に恥じない選択をしたのだ。


「いつものでいい?」

「うん」


 しばらく食べられていなかった日替わりランチプレートを注文する。


 あまりに楽しみすぎて、つい笑みがこぼれてしまう。


「何ニヤニヤしてるの? そんなに向こうの食事はおいしくなかったわけ?」

「そうじゃないんだけどね。でも楽しみだから」

「そう。じゃあちょっと待ってね」


 アネットはそう言って厨房のほうへと下がっていった。


 これからきっと私は大変な目にたくさん遭うのだと思う。リリヤマールとホワイトホルンの往復だけではなく、魔族領や他の人族の国にだって行くことになるかもしれない。


 だが、私の故郷は間違いなくホワイトホルンで、一番安心できる町なのだ。


 だから今は、この幸せな時間を精一杯満喫しよう。


 私はそう考え、変わらないハワーズ・ダイナーの喧騒を眺めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る