第175話 宅男の愛
サンプロミトを占領したおかげで色々なことが分かった。
中でも、半壊した大聖堂の中でなぜか残っていた柱から入ることのできたリリヤマール王家の女性しか入ることができない秘密の図書館で見つけた本は、私たちの多くの疑問を解消してくれた。
その中にはリリヤマール王国の成り立ちが詳細に記された本もあった。
それによると、ホワイトホルンからサンプロミトにかけての一帯はもともとゾンビの大量発生地帯だったそうだ。
それをなんとかしようと考えた私の先祖が、ゾンビ退治の拠点として建設したのがサンプロミトの始まりなのだという。
この地を選んだ理由は、ゾンビ発生地帯に近い場所でありながらあまりゾンビの被害が発生していないという絶妙な場所だったからだ。
というのも、山を境にゾンビの発生しやすさが変わるらしく、北側は南側とは比べ物にならないほど発生が多いらしい。
要するに、ここからあの秘密の通路を使って北側のゾンビ大量発生地帯に向かい、ひっそりとゾンビ退治を行っていたのだ。
ということは、お母さんがおじいちゃんと知り合いだった理由は、ゾンビ退治に来たお母さんが、薬の材料を探しに来たおじいちゃんに偶然会ったからではないだろうか?
おじいちゃんとお母さんの最初の出会いがどんなものだったのかはとても気にはなるが、それを知る手立てがもうないのは寂しい限りだ。
それともう一つ、これはミヤマーさんとショーズィさんにとっては朗報だろう。
勇者召喚とその勇者を元の世界へ送還する方法が書かれた書物も見つかったのだ。
あの召喚の間でどうやら聖族である私が儀式を行う必要があるのだそうだが、必ずしも生贄が必要というわけではない。
毎日少しずつ魔力を注ぎ、ある程度貯まった段階で召喚、あるいは送還するというのが本来の使い方だ。
ではなぜ聖導教会が聖女を生贄として使っていたのかだが、それは単に魔力が圧倒的に不足していたからだと思われる。
そこで、奇跡を扱える魔力を持つ聖女の命を使うことでその不足分を補っていたのだろう。
それとなぜ聖女が人族であるにもかかわらず奇跡を使えるのかということだが、その理由は聖女の遠い先祖に聖族がいたからだ。
聖族は魔族や人族の子供を産むこともできるが、その子供は聖族と魔族や人族の特性を併せ持つのではなく純粋な魔族や人族として生まれてくる。
だがそうして普通の魔族や人族として生まれた子供の子孫の中には、ごく稀に先祖がえりを起こして弱い奇跡の力を持つ女性が現れることがある。
これが聖導教会の囲っている聖女の正体だ。
ということは、もしかするとクラウディアさんも私の遠い親戚ということになるのかもしれない。
そう考えると、クラウディアさんがなんだか身近に思えてくるのだから不思議なものだ。
ただ、そのクラウディアさんの容体ははっきり言って良くない。
自殺を計ったあの日以来、クラウディアさんは心を完全に閉ざしてしまった。
食事もとらず、話しかけても反応しない。
起きてはいるのだろうが意識はなく、完全に植物状態だ。
あのとき、呪いを解いたのは間違いだったのだろうか?
だが呪いで植え付けられた偽の愛情に身をまかせ続けることがいいとはとても思えない。
どうしたら良かったのかは分からないが、私は責任を取るために毎日お見舞いに行っている。
ああ、そうだ。今日のお見舞いがまだだった。
そう考えた私はクラウディアさんの病室へと向かうのだった。
◆◇◆
私はクラウディアさんの病室にやってきた。
ここは魔族軍が設営した臨時病院の一室で、私が今薬師として働いている病院でもある。
この病院は魔族の兵士だけでなく、サンプロミトの住人の生き残りの人たちも患者として受け入れている。
クラウディアさんの病室を尋ねると今日もミヤマーさんがベッドサイドに座っており、クラウディアさんに一生懸命に話しかけていた。
「こんにちは」
「あ、ホリーさん。こんにちは」
今のミヤマーさんにはかつてのような攻撃的なものはまるでなく、ごく普通の優しい青年のようにしか見えない。
戦争が、いや、聖導教会がミヤマーさんをあんな風に変えてしまったのだ。
「クラウディア、ホリーさんが来てくれたよ」
ミヤマーさんはベッドの上で状態を起こしているクラウディアさんに一生懸命話しかけるが、クラウディアさんが反応する様子はまったくない。
クラウディアさんの瞳は虚ろで焦点があっておらず、目の前で何かを動かしてもそれに気付くことはない。
クラウディアさんの肉体は生きてはいるが、心が死んでしまっているのだ。
聞くところによると、クラウディアさんは聖導教会の教義が服を着て歩いているような女性だったそうだ。
だが神に純潔を捧げていたクラウディアさんの信念は呪いによって無理やり捻じ曲げられ、ミヤマーさんを籠絡するために利用された。
そしてミヤマーさんはそれを知らされず、純粋にクラウディアさんを深く深く愛していた。
ミヤマーさんはこうして植物状態となってしまったクラウディアさんを必死に看病している。
意識のないクラウディアさんにどうにかして流動食を食べさせ、清拭をしてあげ、さらにし尿の処理までしているのだ。
ミヤマーさんはクラウディアさんと婚約していたそうで、それをするのは当然のことだと言い、しっかりと実践しているのだ。
そんな二人の左の薬指には今でもお揃いの婚約指輪が輝いている。
だが、もしクラウディアさんの意識が戻ったとして、果たしてクラウディアさんはミヤマーさんを選んでくれるのだろうか?
あのまま二人には幸せな夢を見ていてもらったほうが良かったのではないだろうか?
この二人を見ているとそんなことを考えてしまい、私はまだミヤマーさんに送還の方法が見つかったことを伝えられずにいる。
「ミヤマーさん、無理しないでくださいね」
「無理なんてしてませんよ。僕はクラウディアがこうして生きていてくれるだけで幸せなんです」
「……はい。クラウディアさん、また来ますね」
こうして私は今日も重たい気分になり、病室を後にするのだった。
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