第163話 将司の覚悟
「元の世界?」
「だって、あなたは無理やり連れてこられたのでしょう? ならば元の世界に帰ったらどうかしら?」
「な、何を……」
「あなたはこちらの世界の人族でも魔族でもない。それにこの子のように聖族でもない」
そう言って邪神はホリーの姿に化けた。
「え? 聖族?」
「あら? いつの間にか呼び名が変わっているのかしら? まあいいわ。聖族っていうのはね。神の力を受け継ぐ種族のこと。だから私の
「じゃあその体はなんなんだよ?」
「これ? これはあの子のお母さんを再現したものね。でも生き血を依代にしているだけだから神としてのすべての力は降ろせていないの。でも、さっき力を貸してあげていたルーカスを吸収したからね」
「ルーカス? ……あ! 思い出した! 騎士団長の!」
「あらら? そんなことしていたの? まあ、彼は私の使徒だったんだから、そのくらいはしていても不思議はないわね」
「お前! 一体何をしたんだ!」
「何って、吸収したって言ったでしょ? 貸した力を返してもらうついでに、命も一緒にね。彼の魂はもう永遠の安寧を得ているわ」
「な……」
「だから、あなた一人を送り返してあげることくらい簡単よ?」
「そ、そんなこと……!」
「ねえ? 両親や家族、お友達に会いたくない?」
「……」
「会いたいわよねぇ。あなたには関係のない世界の関係のない人たちのために戦う必要なんてないんじゃないかしら?」
将司の目が泳ぐ。
「無理やり連れてこられて、心を操られてたくさんの魔族を殺して、イヤなことばかりだったでしょう?」
「ぐ……」
「そんなイヤな世界のためにどうしてあなたが血を流さないといけないの?」
「それは……」
「そんな必要ないでしょう? 両親のことを思い出して? お友達と一緒に過ごした日々はどうだった? あなたはその人たちのために生きるべきなのよ」
「……」
将司は
「さあ、分かったらこの手を取りなさい。次に目を覚ますとき、あなたは元の世界のベッドの中よ。大切な家族の愛に包まれて目覚めるわ」
邪神はそう言って青い左手を差し出してきた。
「お、俺は……」
将司は俯いたまま体を震わせているが、邪神はじっとその様子を見つめている。
そして……。
ザシュッ!
鈍い音とともに邪神の左手首が宙を舞った。
「あら? どういうことかしら?」
「俺は! ホリーさんを助ける! ホリーさんを返せ!」
「あらあら。家族を捨ててでも一緒になりたいっていうわけ?」
「そうだ! 俺は助けてもらったあの日から、ホリーさんを助けるって決めたんだ!」
「若いわねぇ。でも、きっと後悔するわよ? あのとき帰っていればってね」
「ここでホリーさんを見捨てて帰ったらもっと後悔するに決まってる!」
「ふふふ。でも、あの子はあなたを選ばないかもしれないでしょう?」
「構わないさ。ホリーさんが俺に苦手意識を持っていることは知っている。呪われていたとはいえ、俺がしたことを考えれば当然だ」
「なら帰ったほうがいいんじゃないの?」
「そんなことない! 変な名前で呼ばれたっていい! たとえ
「そう。じゃあ、交渉決裂ね。あなたは誰もいないこの空間で寂しく死ぬのよ」
「片腕のお前に――」
「腕がどうしたのかしら?」
邪神の左手首が何事もないように生えていた。
「なっ!?」
「神にできないことなんてないのよ。最後は愛するあの子の姿で殺してあげるわ。そのほうが本望でしょう?」
そういうと邪神はホリーの姿に変身した。
「さようなら」
「え? がはっ……」
ホリーの姿をした邪神はいつの間にか将司の目の前に立っており、その腹を右の手刀が貫いていた。
「私は神だって言ったでしょう? いくら異界の勇者でも神に勝てるはずがないでしょう?」
ホリーの姿をした邪神は左手で優しく将司の頭を自分の胸に押し付けた。
「さあ、いい子ね。このまま無に帰しなさい」
将司の手から剣がするりと零れ落ち、そのまま闇に吸い込まれるように音もなくどこかへ消え去った。
そのままだらりと垂れ下がるかと思われた将司の右手がゆっくりと持ち上げられ、邪神の首を掴んだ。
「な、ど、どこにそんな力が?」
「お、れ、は……ホリー、さんを……まも、る……」
そう言って将司はその掴んだ首で魔法を発動し、爆破した。オレンジ色の眩い光とともに強烈な爆風が吹き荒れる。
将司の体は爆風で吹き飛ばされ、真っ暗な地面に転がった。
それからなんとか体を起こして四つん這いになったが、邪神に貫かれた腹部からは大量の血が流れている。
やがてオレンジ色の光が消えると、そこには頭部が吹き飛ばされた邪神の姿があった。
「ど、どうだ! おれの……勝ちだ……」
「んー、そうでもないのよ」
吹き飛んだ頭部からホリーのものと同じ頭がにょきっと生えてきた。
「ぐ……く、くそ……」
「神に勝てるはずないでしょう? あの子にこだわらなければ、今ごろあなたは家族の
そう言って将司の前までつかつかと移動すると、その顔面を蹴りあげた。
「がっ!?」
将司はそのまま半回転し、仰向けになって転がった。
「でも、殺されてでも私を倒そうという姿勢は悪くなかったわ」
そのまま邪神は将司の顔面を踏みつけた。高いピンヒールが将司の顔面に食い込む。
「ふふ。ほら、最後は愛する女の子に踏まれて死ねるのよ? これってそうそうない死にざまじゃない?」
「う……」
「あら? もう終わり? まあ、それならそれでいいわ。異界人の魂って、本当に扱いづらいのよね。まあ、でも退屈しのぎにはなったわ。それにあの子も私に体を渡してくれる気になったみたいだしね」
邪神の意味深な発言に将司はギリリと歯噛みする。
「じゃあ、今度こそさようなら。永遠にね」
邪神はそういうと将司の頬に口付けをし、そのまま闇に溶けて消えるのだった。
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