第149話 魔王進軍
ホリーたちが秘密の通路を探している間、魔族たちは魔王を総大将とするかつてない規模の軍隊を人族の領域へと送り込んでいた。
コーデリア峠を越えた魔王軍はまずゾンシャール砦を一瞬にして攻略した。その勢いのままにズィーシャードに攻め寄せるかと思われたが、魔王軍はそこで止まりズィーシャードの住民たちに警告を行った。
「余は魔族の王ライオネル。これはシェウミリエ帝国と聖導教会が我々に対して行った虐殺行為に対する報復である。余は三日後、ズィーシャードを消滅させる」
拡声魔法によって届けられたその声に住民はパニックとなり、我先にとズィーシャードから逃げ出した。
しかし一方で短期間に二度も魔族に攻め落とされたものの、その占領下においては住民が守られていたこともあり、どうせ今回も大丈夫だと高を
そして三日後、まだ残っている住民も多数いる状態で魔王による報復攻撃が行われた。
天を埋め尽くすほどの巨大な黒い光が上空に出現する。そしてそれはズィーシャードの町に落下し、瞬く間に巨大なクレーターへと姿を変えてしまった。
ズィーシャードを逃れ、遠くからその様子を目撃した人々はのちにこう語った。
まるで絶望が落ちてきたようだった、と。
こうしてズィーシャードを消滅させた魔王軍は二手に分かれ、攻撃を開始する。
一方はシェウミリエ帝国の帝都を攻略すべく南を目指し、もう一方はサンプロミトを攻撃すべく西を目指した。
魔王は西を目指す軍の指揮を執って次々と町を制圧していき、瞬く間に旧リリヤマール王国領との境界にまでを支配下に置いた。
魔王は一度そこで進撃をやめると、占領地域にいた聖導教会の関係者たちを末端に至るまで容赦なく捕らえていった。
信じる神のために立ち上がる者もいたが、そうした者たちも容赦なく捕らえた。
これは報復である。
民衆に対してそう告げる魔族たちに、次は自分たちの番ではないかと人々は恐怖した。
そんな折、魔王の
「……やったか。ならば余も動こう。全軍に通達しろ。フォディナを攻め落とす」
「御意」
魔王の命に兵士たちはテキパキと動き、その日のうちに魔王軍はフォディナへと向けて出陣するのだった。
◆◇◆
サンプロミトの大聖堂の一室で宅男はクラウディアによる治療を受けていた。
「ありがとう、クラウディア」
「……はい」
礼を言う宅男に対してクラウディアの表情は暗い。
「クラウディア、そんな顔しないで」
「タクオ様……」
「クラウディア」
宅男はベッドから上体を起こすとクラウディアをそっと抱き寄せる。
「わたくし、タクオ様が心配で……」
「ごめん。ちょっと無理しすぎたから」
「無事に生きて帰ってきてくださると約束したではありませんか」
「うん。ごめん」
「タクオ様が運ばれてらしたとき、血の気が引きましたわ。わたくしはタクオ様なしでどう生きていけばいいんですの?」
「ごめん。もう油断はしないから」
「タクオ様は勇者。勇者とは魔王を討つ希望ですのよ」
「うん」
「それなのにあんなひどい手当しか受けさせて貰えないだなんて!」
「ちゃんと手当てしたつもりだったんだけどね」
「あんなに汚い布を傷口に当てているなんて自殺行為ですわ! もし運ばれてくるのが遅ければタクオ様は!」
最悪の事態を想像したらしく、クラウディアは涙声でそう絞り出すように叫んだ。タクオの体を抱く腕ににもぎゅっと力が入る。
「わたくしが一緒に行っていればあんなことにはさせませんでしたのに」
「でもクラウディアはここから動けないでしょ」
「それはそうですけれど……」
「大丈夫。もう油断しない。絶対に僕はクラウディアのところに帰る。僕のいるべき場所はクラウディアのいるところなんだ」
「タクオ様……」
「だから僕は!」
「タクオ様!」
何かを言おうとした宅男にクラウディアが言葉を被せた。
「お願いがあるのです」
うるんだ瞳でじっと見つめてくるクラウディアにタクオは少し気圧された様子だ。
「……何?」
「わたくしを連れて、一緒に逃げてくださいませんか?」
「えっ?」
予想外の言葉にタクオは耳を疑った。
「わたくし、タクオ様さえ居てくだされば何もいりません。信仰だって! だから!」
懇願するクラウディアは必死にタクオに訴えかけてくる。
しかしちょうどそのとき部屋の扉がノックされ、外から女性に声をかけられる。
「大聖女様、勇者様のご容体はいかがでしょうか? すでに魔王率いる魔族どもの本隊がフォディナにむけて進軍を開始したとの情報が入って参りました」
「下がりなさい! 勇者様はまだ戦える状態ではありません!」
「ですが!」
「下がりなさいと命じたのが聞こえないのですか!」
そう命じたクラウディアだったが、それを宅男が止める。
「クラウディア、状況は分かったよ。僕が行ってやっつける」
「タクオ様、ダメです。タクオ様はまだ……」
「それに、逃げるなんてできないよ。僕はクラウディアを守りたい。そのためにも僕たちを滅ぼそうとしてくる魔王を放っておくわけにはいかないんだ。僕にはそのための力があるんだから」
「タクオ様! いやです! タクオ様!」
「ごめん、クラウディア。愛してる。必ず約束は守るから」
そう言って宅男はクラウディアの唇を塞いだ。
「あ……」
短いキスの後、宅男はクラウディアの腕の中からするりと抜け出した。
「大丈夫。もう失敗しない。僕が必ずクラウディアを守るから。だから僕が帰ってきたら笑顔で出迎えてほしいんだ」
「……ぃ」
クラウディアは小さく頷いた。
「クラウディア、行ってきます」
宅男はそう言って再びクラウディアの唇を奪う。
それから二人はするりと離れ、クラウディアは涙声で宅男に声をかけるのだった。
「……ご武運を、お祈りします」
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