第148話 秘密の通路

「うっはー! ホンマやん! すごいやん! どうなっとるんや? まるで仕組みがわからへん!」


 ニコラさんが興奮して大声を出している。


「ちょっと! ニコラ! ホリーさん、私も!」

「はい」


 私が左手をエルドレッド様に差し出すと、普段なら紳士的にそっと取るであろうエルドレッド様が焦ったかのように私の左手を握ってきた。


「おおっ! これは!」

 

 どうやら見えるようになったようで、階段を見て興奮している。


「なあ、ホリー。もしかしてホリーに触ると見えるのか?」

「かも? ちょっと触ってみて」

「ああ……おおっ! すごい!」


 ニール兄さんが私の肩に手を置くと、すぐに歓声を上げた。


「ヘクター殿、私の右手を握ってみてください」

「はっ」


 エルドレッド様に言われ、ヘクターさんがエルドレッド様の右手を握った。


「おお! 本当に階段が! よもやこのような場所がホワイトホルンの近くにあったとは!」

「なるほど。どうやらホリーさんに直接触れている必要はないようです。皆さんも試してみてください」


 こうしてエルドレッド様に促されて試したショーズィさんとマクシミリアンさんも無事に見えたようで、驚きの声を上げている。


「では行ってみましょう。ホリーさん、歩きにくいでしょうから順番を」

「そうですね」


 こうして私たちは一度手を離すと、一列になるように手を繋ぎ直してから階段を降りていくのだった。


◆◇◆


 階段を降りていたはずなのだが、気が付けば階段を登っていた。


「あれ? どうなってるんでしょうね?」

「不思議やな。とりあえず、そのまま進むで。ここは普通の空間やないみたいやからな」

「はい」


 不安ではあるが、私はゆっくりと階段を登っていく。


 すると私はいつの間にか平らな場所を歩いていた。しかも空には太陽が輝いており、周囲にはほとんど積雪がない。


「あ、あれ? どうなってるの?」

「ここは! ホリーさん! ここはすでに山の南側です! ここには潜入した際に私が実際に来た場所です」

「えっ?」


 驚いて振り返ると、私たちの後ろには石造りの小さな建物があった。しかもその向こうには雪を被った高い山々がそびえ立っている。


「ホリーさん、私たちの向かう方向に階段があるのが見えますね?」

「はい。草の地面なのに、不自然ですよね」

「ええ。あれは、私が以前来たときにおかしいと目をつけていた場所です」

「マクシミリアンさん、この場所に見覚えはありませんか?」


 エルドレッド様が興奮した様子で後ろのほうにいるマクシミリアンさんに声をかけるが返事はない。


 どうしたのかと思い確認すると、なんとマクシミリアンさんは肩を震わせていたでないか。


「マクシミリアンさん?」

「姫様! ここはワシが十六年前、ソフィア陛下と共に姫様とグラン先生を見送った場所にございます。ああ、陛下! 姫様!」


 感極まったようで、マクシミリアンさんはボロボロと涙を流し始めた。


「……ではマクシミリアンさんはあの階段から?」

「はい。ワシは陛下のお命を落とされると知りながら、あの通路を通って城内へとお連れしました。ワシが無理やりにでも陛下をお連れしていればっ! 姫様! 申し訳ございません!」

「マクシミリアンさん……」


 涙を流して謝罪するマクシミリアンさんにかける言葉が見つからない。


 そうしていると、エルドレッド様が口を開く。


「戻りましょう。ここは敵地。長居するわけにはいきません」

「そうですな。ホリーちゃんも生まれ故郷に帰りたいだろうけれど、今は我慢できるね?」


 ヘクターさんがそう私を気遣ってくれた。


「え? あ、はい。別に帰りたいとは思わないですけど、でも今見つかったら大変ですもんね。ホワイトホルンに帰りましょう」

「え? そうなの?」

「はい。行ったこともないですから懐かしいとかもないですよ。私の故郷はホワイトホルンですし」

「そっか……」


 ヘクターさんはそう言ってバツの悪そうな表情を浮かべた。


「えっと、帰るにはあの建物に入ればいい感じですか?」

「多分そうやで」

「じゃあ行きましょう」


 私は扉を開け、まっくらな建物の中に入った。するとまた不思議な感覚になり、気が付けば私たちはホワイトホルン側の階段から出てきていた。


 周囲には大量の雪が積もっており、日差しもあちら側と比べてかなり弱い。


「戻ってきましたね」

「せやな。ホンマ、どうなっとるんやろうな?」

「ダメですよ、ニコラ」

「なんや? なんも言っとらんやろ」

「どうせ色々実験したいのでしょう?」

「う……」

「それは諸々のことが片付くまではお預けです。といっても、実験したところで奇跡を使えない我々にどうこうできるものではない可能性のほうが高そうですがね」

「……せやな」


 ニコラさんはそう言うと、なぜか私のほうをいたずらっ子のような目で見てくる。


「でも奇跡の使える特別研究員が研究所におるやん。こりゃツイとるで」

「えっ?」

「な、ホリーちゃん。今度アタシの特別研究員にならへんか?」

「ちょっと! ニコラ!」

「なんや?」

「ホリーさんは私の工房の特別研究員です。横取りはやめてください。それにホリーさんはホワイトホルンの住人です。無理やりキエルナに移住させることなどできません!」

「ほーん。ならホワイトホルンにアタシの研究室を作ればええってことやな。ホリーちゃんもホワイトホルンでならアタシの研究に協力してくれるやろ?」

「え? あ、はい。私にできることでしたら」

「なら決まりや。ホワイトホルンにアタシの研究室の分室を作ってホリーちゃんをそこで雇うで。そんなら……」


 ニコラさんはすぐさま紙を懐から取り出すとペンを走らせ、鳥郵便を使ってどこかへと送る。


「なっ……やられた……」


 エルドレッド様がわなないているが……。


「あ、あの?」

「気にせんでええ。エル坊が独占しとったホリーちゃんをアタシの研究室のメンバーにもしたっちゅうだけや」

「はぁ」


 私は魔道具のことなどさっぱり分からないので、役に立てるかどうかは微妙なところだ。


 だが奇跡を使える魔道具ができれば苦しむ人を助けるのに役立つはずだ。だから私としてはぜひとも協力したい。


 もちろんそれは患者さんに迷惑がかからない範囲内での話だが……。


 ともあれ、こうして目的の通路を見つけた私たちはホワイトホルンへと戻るのだった。

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