第142話 スノーモービル
以前に泊めてもらったホテルに一泊した私たちは、日が昇るとすぐにホワイトホルンへと向けて出発した。
ホワイトホルン方面の門を出るとすぐに道は完全な雪道へと変化した。
「ほな、換装するで。エル坊、手伝いや」
「ええ。皆さんも一旦車外に降りてください。持ち上げますので、かなり揺れて危険です」
「はい」
私たちは魔動車を降りて作業の様子を見守る。
エルドレッド様が後ろに積んであったベルトのようなものと専用の車輪を取り出すと、ニコラさんがすぐさま雪を固めた氷の柱を作って車体を持ち上げた。
二人はテキパキとついている車輪を取り外し、専用の車輪を取り付けるとベルトのようなものを取り付けた。
同じことを反対側の車輪に対してもすると魔動車はあっという間にスノーモービルになった。
最後にエルドレッド様が乗り込んで車輪を回してニコラさんが何かを確認する。
「問題ないで」
「分かりました。では下ろしてください」
エルドレッド様がそう言うと、ニコラさんはスノーモービルを雪面に下ろした。揺れて危険だと言っていたので少し心配したが、エルドレッド様は気にした様子はない。
「では乗ってください。ここからの運転は私がします」
そうして私たちはスノーモービルに乗り込むと、ホワイトホルンへと向けて出発するのだった。
◆◇◆
深い雪の上をスノーモビルはゆっくりと進んでいく。
ふかふかの新雪が積もっているというのに沈みこんで動けなくなるようなこともなく、後ろには
不思議に思った私はニコラさんに質問してみる。ちなみにエルドレッド様は運転にかなり集中しているので邪魔はしないほうが良さそうだ。
「あの、ニコラさん。どうしてスノーモービルは新雪の上を走っているのに沈まないんですか?」
「ん? ああ。それは接雪面が大きいからや。普通の魔動車やと四輪やからな。四点で重さを支えることになる。せやけどキャタピラなら広い二面で支えるから一点にかかる重さは小さくなるんや。だからスノーモービルは沈まないんや。これ、雪だけやなくて泥とかでも同じことできるで」
「えっと、つまり私たちがスノーシューを履くと足が沈まないのと同じですか?」
「せや。それとこのスノーモービルは底が一枚の板になっとるんや。これで万が一キャタピラが沈んでも今度は圧力を分散して沈みにくくしとるんや」
「はあ。あれ? でもスノーモービルも魔動車も地面をタイヤやキャタピラ? がグリップして回転するから動くんですよね?」
「せやな」
「じゃあ、あんまり力がかからないと動かなくなっちゃうんじゃないですか?」
「お! ええとこに気付いたな。ま、それはそうなってからのお楽しみや。ま、十中八九そうはならへんけどな」
ニコラさんはそう言って意味深に笑う。
すると運転席からエルドレッド様が話に割り込んできた。
「いえ、もしかすると使うことになるかもしれませんよ。想定以上の積雪ですからね」
「ん? ほな、楽しみにしときや」
「はい」
「それにしても、本当に雪深いですね」
「そうなんです。だから私たちも冬は町から出ないんです。除雪してもすぐに道が埋まっちゃいますから、私たちも諦めています」
「そうでしたね。ですがこれは冬季も安全に通行できる道を整備したほうが良さそうです。今回の一件でホリーさんはかなり有名になりましたし、冬でもホリーさんに診てもらいたいという患者さんも来るようになるはずです。ですからこの一件が終わればなにかいい方法がないか考えてみましょう」
「え? そうでしょうか?」
大治癒の奇跡が必要な患者さんはホワイトホルンに着く前に力尽きてしまうような気がする。それに中治癒の奇跡であれば適切な処置をすれば薬だけで大抵は治るはずだ。
でも、冬でもシュワインベルグに行き来できるとなれば助かる人は多いだろう。
「……そうですね。そうかもしれません。ありがとうございます」
「はい。必ずや」
するとそこへショーズィさんが割り込んできた。
「あの、トンネルを掘るのはダメですかね? 俺のいた世界だと、雪で道が寸断されるからって長いトンネルを掘ってそこを車や鉄道が走ってましたよ」
「なるほど。トンネルですか」
「なあ、鉄道ってなんや?」
「え? 鉄道は――」
ニコラさんがショーズィさんの異世界の話に食いついた。あまりよく分からないが、どうやら平行に並べた鉄の上を鉄の車輪を持つ魔動車を何台もつなげて走るらしい。
いまいち想像がつかないが、ショーズィさんの国では鉄道というものがよく使われていたらしい。
それからもニコラさんがショーズィさんに根掘り葉掘り質問しているが、言葉は分かるのに何を言っているのかさっぱり理解できない。
興味がなくなった私が窓の外を見たそのときだった。突然スノーモービルが進まなくなり、窓の外からはキャタピラが空転するような音が聞こえてくる。
「おっと! スタックしてしまいましたね」
エルドレッド様がそう言うと、キャタピラの回転が止まった。それからすぐに握っているハンドルに魔力を込める。
するとほんの少しだけスノーモービルが沈み込んだかと思うと再び前に進み始めた。
「え? 今なにしたんですか?」
「空転している部分の雪を固めて氷にしました。その氷をキャタピラが掴むので、前に進めるようになったというわけです」
「なるほど! すごいですね」
「ええ。そうでしょう! この仕組みを作るのには苦労しました!」
エルドレッド様は弾んだ声でそう答えた。きっとその表情には子供のような笑顔が浮かんでいるに違いない。
そのことを思うとエルドレッド様のことがなんだか可愛く思えてくる。
私は思わず小さくクスリと笑った。
ニコラさんは相変わらずショーズィさんを質問攻めにしているし、ニール兄さんとマクシミリアンさんは所在なさげに窓の外を眺めている。
そんな私たちを乗せ、スノーモービルはゆっくりと山道を進んでいくのだった。
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