第141話 完成

2023/02/04 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 それから一週間後の朝、スノーモービルなる乗り物が完成したと聞き、私は魔道具研究所に隣接する実験施設にやってきた。


 一面雪で覆われた少し広い場所に、魔動車の車輪にベルトのようなものが巻かれたへんてこな乗り物がポツンと置かれている。


「どや。これがアタシらの作ったスノーモービルやで」


 そう自慢げに言っているニコラさんの目にはクマができている。


 ちなみにエルドレッド様はこのスノーモービルの開発をしながらお城にも行っていたそうで、さすがにもう無理だとギブアップして寝ているらしい。


「これがスノーモービルなんですか?」

「せやで。ショーズィの言うとったのを参考にして、今ある魔動車の足回りを改造したんや」

「はあ」


 私がちらりとショーズィさんを見てみたが、ショーズィさんは首を横に振っている。


 どうやらショーズィさんの想像とは違うものが出来上がったらしい。


「さ、乗ってみぃや」


 促されて乗ってみるが、普通の魔動車だ。


「さ、行くで」


 ニコラさんが運転するので私は思わず隣に座っているニール兄さんの腕を掴んだ。しかし私の想像とは裏腹に、魔動車はゆっくりと移動し始める。


「とまあ、こんなもんや。これならぬかるみにはまっても問題ないし、悪路だって走れる。せやけど、スピードが出せへんのと、魔力を消費しすぎるんが課題やな」


 少し運転するとニコラさんは元の場所に戻り、スノーモービルを停車させた。


「ちゅうわけで、途中まではショーズィの言うとったチェーンを装着した普通の魔動車で行くで。んで道がないとこだけスノーモービルを使うで」


 そういうとニコラさんは降りろと身振りで指示してくる。


「じゃ、お披露目は終わりや。さすがのアタシも眠うてたまらん」


 私たちが降りるとニコラさんはスノーモービルを運転してどこかに行ったのだった。


 あ、これは絶対に戻ってこない奴だ。


「帰ろっか」

「そうだな」

「え? ニコラさんが戻ってきたら……」


 ショーズィさんはニコラさんのことが分かっていないようで、戻ってくるのを待とうとしている。


「多分そのまま戻ってこないと思いますよ。前もボーダーブルクから一人で帰っちゃいましたし」


 ショーズィさんにそう答えると、私は自分の部屋へと戻るのだった。


◆◇◆


 それから二日後、私たちは車輪になぜか金属の鎖を巻きつけた不思議な魔動車に乗ってキエルナを出発した。


 ガシャガシャと妙な音がしていて乗り心地も悪いが、こうすると魔動車が雪で滑らなくなるのだそうだ。これもショーズィさんのいた世界の道具らしい。


 スノーモビルはどうしたのかというと、あのベルトのようなものと専用の車輪が後部にある荷物置き場に収納されている。


 必要になったときに付け替えるそうなのだが、車輪を付け替えただけならそれはスノーモービルではなく魔動車なのではないかと思うのは私の無知ゆえだろうか?


 それからもう一つ驚いたことがある。あのニコラさんの運転だというのに、魔動車はなんとゆっくり進んでいる。


 それでも馬車よりは早いが、ゆっくりと雪景色を眺める余裕がある。


「あー、やっぱおっそいなぁ」

「ニコラ!」

「分かっとるよ。アタシも別に事故りたいわけやない。ただストレス溜まるっちゅうだけや」


 あんなスピードで暴走していたのに事故りたいわけではないというのは一体どういうことだろうか?


 そんなことを思いつつも、私たちを乗せた魔動車は雪道をホワイトホルンのほうへと進んでいくのだった。


◆◇◆


 いくつもの町を通り、私たちはシュワインベルグの町へとやってきた。


 このあたりまでくるとかなり雪が積もっており、道の両脇にはとても高い雪の壁ができている。ただ除雪がされているのはここまでで、ホワイトホルンまでの道は完全に雪で埋もれているはずだ。


 そのまま町庁舎にまっすぐ向かった私たちをなんとヒューバート町長が出迎えてくれた。


「エルドレッド殿下、ようこそお越しくださいました。ニコラ博士にもお会いできて光栄です。ホリー様とニール様も、その節はお世話になりました」

「ヒューバート町長、出迎えありがとうございます。一晩ですが、お世話になります」

「ええ。ぜひとも」


 こうして私たちは町庁舎の応接室に通された。


「しかし突然エルドレッド殿下がかの高名なニコラ博士といらっしゃると聞き、驚きました。しかもこれからホワイトホルンへ行かれるとお聞きしましたが……」

「はい、そのとおりです」

「ですがまだ道は開通しておりません。徒歩でとなるとかなり大変になるのではないかと思いますが……」

「ええ。今回は雪の上を走るスノーモービルという新型魔動車の試験走行も兼ねて、人族との戦争に従軍していただいていたホリーさんとニールさんを故郷にお送りするところです」

「おお! ということはついに戦争も!」

「いえ、残念ながら」

「そうでしたか……」


 ヒューバート町長は残念そうな表情を浮かべる。


「我々としても本当はまだまだお二人のお力をお借りしたかったのですが、お二人はかなりの期間従軍していただいておりました。ですのでそろそろ故郷に戻り、休んでいただこうということになりました。特にホリーさんは衛兵ではなく薬師ですからね」

「それはそれは。そうでしたな。我々もホリー様には助けていただきました。あのときは――」


 ヒューバート町長は私たちが偶然遭遇した事故で治療をしたときのことをまるでその場にいたかのように話してくれた。


「そうでしたか」

「ええ。ホリー様はエルドレッド殿下のおっしゃっていたとおり、勇気と人を救う決意をお持ちの類まれなる女性です」

「あ、ありがとうございます」


 こういった過剰な賛辞を受けるのもちょっとは慣れてきたが、それでもやはりこそばゆい気分になる。


「そういえば二人の人族をお連れのようですが……」

「ああ、彼らはですね」

「ホリーちゃんの下僕やで。捕虜になったんやけど、ホリーちゃんの奇跡を見て心酔したそうや」

「え?」


 その設定はショーズィさんが謝罪したときだけだと思っていたのだが……。


 だがニコラさんは真顔でそう言っているし、マクシミリアンさんとショーズィさんはそうだと言わんばかりにうんうんとうなずいている。


 するとヒューバート町長はニコニコと笑いながらお世辞を言ってくる。


「いやあ、やはりホリー様の人柄のなせるわざなのでしょうな」

「せやな。ホリーちゃんは奇跡の天使様やし、当然やな」

「っ!?」


 ニコラさんはいたずらっ子のような笑顔でそんなことを言ってきた。


「奇跡の天使というのはもしや軍での二つ名ですかな?」

「せやで。どないな大怪我も奇跡で治すうえ、天使のようにカワイイ。せやから奇跡の天使や」

「ちょ、ちょっと、やめてください。恥ずかしいです」

「ええやん。天使のようにカワイイんは事実やしな。な?」


 ニコラさんは再びマクシミリアンさんとショーズィさんに話を振った。


「「そのとおりです(じゃ)!」」


 すると二人がものすごい勢いで肯定してきた。しかもニール兄さんまでうんうんと頷いているではないか。


 私が一縷の望みをかけてエルドレッド様を見ると、エルドレッド様はニッコリと紳士の微笑みを返してきた。


 う……。


 エルドレッド様は美形すぎるのでそんな風に微笑まれるとついドキドキしてしまう。


「そうですね。ホリーさんが美しいのは事実ですから、もう少し自信を持たれても良いと思いますよ」

「!?」


 ど、どうしよう……。そんな風に言われたら恥ずかしくて恥ずかしくて……。


 しばらくの間、私はそうして揶揄からかわれ続けたのだった。

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