第140話 異世界の知識
「そんで、義手やったな。エル坊に言われて改良型を作っといたで。なかなかええ感じになっとるで」
ニコラさんは嬉しそうにそう言うと、箱に入った義手をニール兄さんに差し出した。
「サイズや使い方は前のと一緒やけど、普段の消費魔力は三割減っとる。そんで戦闘用やからな。まず硬化の機能をつけといたで。身体強化バリバリにつこうとる相手でも盾としても使える強度になるはずや。それと、衛兵はゾンビ退治も大事な仕事やからな。火球を撃てるようになっとる。手で発動するよりもよっぽど効率ええで。それから……」
ニコラさんは嬉々としてニール兄さんの新しい義手の使い方を説明していった。
「ま、こんなとこやな。ホワイトホルンへ行くにも今はまだ雪で埋まっとるんやろ? ならしばらくはここで慣らしてから行くとええ」
「はい。ありがとうございます」
ニール兄さんは素直にお礼を言った。するとショーズィさんが横から口を挟んできた。
「ニコラさん、ちょっとお聞きしたいんですけど」
「なんや?」
「あの自動車があるなら除雪車を作ればいいんじゃないですか? それにスノーモービルとかを使えば雪の上でも移動できるんじゃないかと思うんですけど」
「ん? なんや? 自動車って魔動車のことか? 除雪車っちゅうんは除雪をするための魔動車っちゅうことか? それにスノーモービルってなんや?」
「え? あ、そうです。魔動車です。除雪車っていうのはこんな感じにして雪を除雪するやつで、スノーモービルは雪の上を走るこんな感じのやつです」
「んん? 除雪は魔力でやっとるから使わんのやないかな。雪をこの前のところで吸い込むんやったら魔法でがっとやったほうが早いやろ。このスノーモービルっちゅうんはどういう仕組みや? 新雪の上に乗ったら動かんくなるんやないか? 魔動車やってタイヤが滑って動かんで」
「スノボに行ったときに乗せてもらいましたけど、新雪の積もったスキー場の斜面を登ってましたよ。だから大丈夫だと思います」
「なんや? スキー場ってなんや?」
「スキー場っていうのは雪山の斜面を板に乗って滑り降りる遊びができる場所です」
「ほーん。ようわからんけど、そのスノーモービルっちゅうんは新雪の積もった雪山を登れるっちゅうことやな?」
「はい」
ショーズィさんの口から意味不明な単語がポンポンと飛び出してくる。
「エル坊、これ、おもろいと思わへんか?」
「そうですね。どうしてスノーモービルとやらが沈まないのかが気になりますね」
「え? そうですね。たしかこんな感じで……」
ショーズィさんが絵を書いて説明し始める。
「なるほど。ああ、そういうことですか」
「せや。そういうことや。エル坊、明日までに試作品を作るで」
「ええ!」
私にはさっぱり分からないが、エルドレッド様とニコラさんには何かが分かったようだ。
「ほな、三人はもうええで。ショーズィは残ってや」
「は、はい」
「ホリーさん、このスノーモービルとやらが作れればすぐにでもホワイトホルンへ向かえます。そうすれば奴らに時間を与えずに済むかもしれませんよ」
どうやらエルドレッド様も未知の魔道具に対する興味が爆発してしまったらしい。
どのみちホワイトホルンへの道が除雪されるまでにはまだしばらく時間がかかるし、多少の足止めは覚悟していたので仕方ない。
そう考え、私はニコラさんの研究室を後にしたのだった。
◆◇◆
その晩、私たちが食堂へ行くとぐったりしたショーズィさんの姿があった。
「ショーズィさん、こんばんは」
「あ! ホリーさん! こんばんは!」
ショーズィさんは急に笑顔になり、立ち上がって挨拶を返してくれた。
「ふむ。姫様に対する礼儀がきちんとしてきましたな」
「マクシミリアンさん、そういうのはいいって言ってるじゃないですか」
「ですが姫様。ショーズィ殿は姫様の下僕ということで今は許されている身。どこかでおかしな噂が立てばその立場も危うくなりますぞ」
「えー」
そんなことはないと思うけれど。
「それよりも姫様。ワシに敬語は――」
「ホリー、いいから食おうぜ」
「うん」
ニール兄さんに言われ、私はビュッフェ形式で並べられた夕食を取りに行く。
ちなみに今回もブリジットさんにドレスアップされそうになったが、遠慮した。ただの夕食を食べるだけなのに高い服なんて着ていたら楽しめなくなってしまう。
私は自分の食べたい分だけ食事を盛ると、ショーズィさんの前の席に座った。
「ショーズィさん、お疲れですか?」
「え? いや、そんなことは……あ、そうですね。ちょっと疲れました」
「あの二人、魔道具が大好きみたいですから」
「でも、あんなにグイグイ来られるとびっくりしました。でも、なんかすぐに試作品ができそうな感じでしたよ。魔法であんな風に加工できるなんて知りませんでした。聖導教では破壊するための魔法しか教えてもらいませんでしたから」
「そうなんですね……」
寂しそうにそう言ったショーズィさんは自虐的な笑みを浮かべた。
そう考えるとショーズィさんはやはり可哀想だ。
突然私たちの住むこの世界に無理やり連れてこられて、呪いをかけられて戦いの道具にされたのだ。
「ショーズィさんは、やっぱり元の世界に帰りたいですか?」
「え?」
私がそう尋ねると、ショーズィさんはなぜか固まってしまった。
「そう、ですね。最初は帰りたいと思っていました。家族もいますし友達だっていますから……」
「え? じゃあ今は?」
「悩んでます。少なくとも聖導教会の問題をどうにかするまでは帰れませんけど……」
そう言うとなぜかショーズィさんは顔を赤くした。
これはどういうことなのだろうか?
よくは分からないが、聖導教会のこと以外にも何かつっかえていることがあるようだ。
聖導教会をなんとかしたらあとは帰れる方法を探して帰ったほうがいいと思うのだが、どうなんだろうか?
家族はきっと心配していることだろうし、友達だってそのはずだ。
わざわざこの世界に留まりたい理由なんてない気がするけれど……。
ショーズィさんはそれきり食事に集中し始めてしまったので私も食べることにする。
私は一口大にカットされたトラウトのソテーを口に運んだ。すると塩味とトラウトのうま味が口いっぱいに広がる。
おじいちゃんがいて、もしお父さんとお母さんもいたらどんな食卓だったのだろうか?
私は口の中に広がる味をぼんやりと感じながらそんなことを考えるのだった。
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