第135話 治療
「町長閣下! ホリー先生が! ホリー先生がいらっしゃいました!」
チャールズさんは扉を開けるなり、そう叫んだ。
まるで物置のような小さな部屋に一台だけのベッドが置かれており、その上に包帯でぐるぐる巻きになった人が寝かされている。
「う……あ……」
その人は苦しそうにうめき声を上げた。女性の声で、言われてみればたしかにオリアナさんの声のような気がする。
「オリアナさん? 私が分かりますか? オリアナさん?」
しかしオリアナさんの返事はない。
「チャールズさん、一体何があったんですか?」
「町長閣下はボーダーブルク南砦への援軍を自ら率いて出陣されたのです。ですがそこに巨大なオレンジ色の球が飛んできまして、隊列の先頭あたりに落ちて大爆発を起こしました。町長閣下はその爆発の被害を少しでも減らすべく爆発に挑まれ……」
「そうでしたか。それで容体は?」
「全身に大やけどを負っています。他に飛んできた瓦礫が体中にぶつかり、裂傷、挫創、骨折、おそらく内臓にも。
紫軟膏というのは火傷や切り傷に使うとても高価な塗り薬で、紫色をしていることからこう呼ばれている。
「わかりました。すぐに治療します。まず包帯を外すので手伝ってください」
「はい!」
私はチャールズさんと協力して全身の包帯を外した。
ああ、これはひどい。全身の皮膚がはがれ落ちてしまっており、しかもあちこちに硬いものがぶつかったであろう傷がある。
はっきり言って、即死しなかったのが不思議なほどの大怪我だ。
私はベッドサイドに膝を突き、オリアナさんの焼けただれた手を握るとすぐさま大治癒の奇跡を発動する。
キラキラとした金色の光がオリアナさんを包み込む。
「おお、姫様……まさかこれほどまでの……」
後ろからマクシミリアンさんの声が聞こえてくるが、私はオリアナさんの治療に集中する。
ここまで重症だと、おそらくオリアナさんの治療ですべての魔力を使い切ってしまうことになるはずだ。
だからこそ、今日必ずオリアナさんの治療を完了させ、明日から他の患者さんを治療できるようにする必要があるのだ。
そうしてしばらくオリアナさんに大治癒の奇跡をかけ続けていると、徐々に傷口が塞がり始めた。
これは内臓や骨といった体の内側の治療が終わったことを意味している。
ここまでくればあと少しだ。
引き続き大治癒の奇跡をかけていると、ついに火傷が治り始めてきた。少しずつ皮膚の再生も始まっている。
「おお……」
「すごい」
後ろからそんな声が聞こえてきたころ、ついにオリアナさんの治療が完了した。
私はオリアナさんの手を放し、がっくりと両手を地面に突いた。
やはりオリアナさんの怪我は私が今まで治療した中で一番重症だった。
もう、これ以上は魔力がもちそうにない。
「姫様、お疲れ様でございました」
「ホリー、今日はもう休もう」
「うん。お願い。これ以上は奇跡、使えないと思う」
「ああ」
ニール兄さんは私の手を取って立ち上がらせてくれると、そのまま私を背負ってくれた。
「チャールズさん、ごめんなさい。今日はもう魔力がもちそうもないので、残りの患者さんの治療は明日からにしてください」
「もちろんです! ありがとうございました!」
こうして私はニール兄さんに背負われ、病院を後にしたのだった。
◆◇◆
翌朝病院に行くと、なんとオリアナさんが目を覚ましたそうなので病室を訪ねた。
「おはようございます」
「ホリー先生……ああ、そういうことか。ありがとう」
そう言うとオリアナさんがベッドから立ち上がろうとしたので慌てて止める。
「オリアナさん、そのままにしていてください。オリアナさんは患者さんです。患者さんを立たせるわけにはいきません」
「……そうか。ではお言葉に甘えさせてもらおう。まだ少し体にだるさが残っているのだ」
「そうでしたか。オリアナさん、どうしてあんなことに?」
「ああ。恐らく目撃している者も多いだろうか事情は聞いていると思うが――」
そうしてオリアナさんはいきさつを話してくれたが、それはチャールズさんに昨日聞いた話とほとんど同じだった。
「ということは、体のだるさは魔力の使い過ぎによるものがほとんどでしょう。栄養のある食べ物をたくさん食べて魔力が回復すれば元気になりますよ。それでも体調に不安がある場合はまた教えてください」
「ああ。ありがとう。ホリー先生は、本当に頼りになるな」
「本当ですか? ありがとうございます」
「ああ、本当だとも。ホリー先生が私の命を救ってくれたおかげで、私はまたボーダーブルクのために、魔族の同胞たちのために働くことができる。ホリー先生にはどれだけ感謝しても足りない。私にできることであればなんでもしよう」
「え? なんでも、ですか? そうですね。それじゃあ、オリアナさんはしっかり安静にして、早く元気になってくださいね」
「ん? おいおい。それではお礼にならないだろう」
「薬師はですね? 患者さんが元気になって、笑顔になってくれるのを見るのが一番の幸せなんですよ」
「……まったく。ホリー先生には敵わないな。わかったよ。今日一日しっかり休むことにするよ。本当は早く会議を招集しようと思っていたんだがな」
「あ、やっぱり」
「私の負けだ。今日は本当に何もしない。それにエルドレッド殿下もまだ戻られていない」
「エルドレッド様が?」
「ああ。少し前から人族側に単独で潜入なさっている」
「え? 大丈夫なんですか? 魔族って知られたら殺されちゃうんじゃ……」
「殿下であれば問題ないだろう。で、その帰還予定は三日後だ。ならば殿下がお戻りになられてから遅くはないだろう。あの爆発の原因は不明だが、もう本格的な雪のシーズンだ。人族が攻めてこないところを見ると連中も攻勢の限界点に達しているのだろう」
「攻勢の限界点?」
「簡単に言えば、補給が追いつかなくなることが。どんな軍隊も、攻撃を持続するには補給で、食べ物、装備、薬などが尽きてしまえば戦えなくなる。それに兵士の数もそうだな」
「そうだといいんですけど……」
「そうだな。奴らはボーダーブルク南砦を略奪するつもりだったのだろうが……」
「でも、ボーダーブルク南砦は滅茶苦茶に壊されていました。食料とかもかなりダメになっていると思いますけど……」
「ああ、そうか。ホリー先生はボーダーブルク南砦に行っていたのだったな。まあいい。そのあたりのことはローレンスが上手くやっていることだろう。私はホリー先生との約束どおり、ゆっくりさせてもらうよ。ホリー先生はこれから他の患者の治療があるのだろう?」
「はい。それじゃあ、失礼します」
「ああ。ホリー先生、ありがとう」
「いえ」
私は短くそう答えると、オリアナさんの病室を後にしたのだった。
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