第136話 召喚の対価

2023/01/25 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 それから一週間、私は患者さんの治療に専念した。だが残念ながら搬送されてきた時点でもうすでに手遅れの患者さんも多く、かなりの数の死者が出てしまった。


 みんな戦争なのだから仕方がないと言っているが、どうして人族はこんなにも残酷なことをするのだろうか?


 村を回って虐殺をしていたこともそうだが、ここまでやってしまえば私たちだって人族を許せなくなってしまう。


 そうすれば憎しみはずっと続いていくこととなり、ミヤマーの言うようにどちらかが滅びるまで戦い続けることになってしまうのではないだろうか?


 私は治療をしながら、そんなことを思ってしまった。


 さて、今日は病院での治療を終えて町庁舎にやってきている。


 エルドレッド様が戻ってきたということでオリアナさんが招集した会議に参加するためだ。


「よく集まってくれた。心配をかけてすまなかった。だがホリー先生の治療が間に合い、私はこのとおり元気だ」


 オリアナさんの言葉に参加者の視線が一斉に私を見てきたので、私は軽く微笑んだ。


「さて、まずは状況を整理しよう。今回の件でまずコーデリア峠の砦が消滅し、ボーダーブルク南砦も壊滅的な打撃を受けた。だがその一方で、ボーダーブルク南砦に攻め寄せた人族の兵士たちはほぼ全てを討ち取った。森の掃討作戦も実施しており、すぐに魔族領へと侵入してきた侵略者どもは駆逐されるはずだ」


 オリアナさんはコーデリア峠とボーダーブルク南砦に赤いバツ印が書かれた地図をめくった。するとその下からはよく知らない別の地図が現れる。


「続いて戦況だ。我々は先の虐殺の結果を受け、緩衝地帯を確保するために進軍していた」


 オリアナさんはそこでふぅと小さくため息をついた。


「だが残念ながらエイブラム将軍率いる部隊は敗北し、エイブラム将軍も討ち死にした」

「なっ!?」

「逃げ帰った兵士の話によると、どうやらそれはすべて一人の黒髪の戦士ミヤマーによって行われたことらしい。そこで、先代の黒髪の戦士であるショーズィ殿を呼んである」

「なっ!?」


 会議室が一気にざわついた。


「まず諸君に理解しておいて欲しいのだが、ショーズィ殿は聖導教会による呪いで正気を失っていた。だがエルドレッド殿下とホリー先生によって呪いを解かれ、今はホリー先生の忠実なる下僕となっている。ホリー先生がいるかぎり、彼が我々に牙をむくことはない」

「な、なるほど……」

「エルドレッド殿下が関わっているのか」

「オリアナ閣下がそういうなら……」


 驚いていた出席者たちもすぐに落ち着きを取り戻した。


 なんだかんだで魔族は魔力の強い者に従うものだ。町で一番魔力の強いオリアナさんがそれよりも魔力の強いエルドレッド様の名前を出したことで、ここに集まった人たちも渋々ながらも認めたということだろう。


「ショーズィ殿、入れ」

「はい」


 会議室の扉が開き、ショーズィさんが入ってきた。そしてオリアナさんの隣に立つと、深々と頭を下げた。


「はじめまして。将司です。まず、謝罪させてください。皆様、申し訳ありませんでした。呪いをかけられて操られていたとはいえ、取り返しのつかないことをしてしまいました。私はホリーさんに助けていただきましたので、これからはホリーさんのため、そして魔族の皆様に許していただけるように戦います。この度は申し訳ありませんでした」


 ショーズィさんはそう言って再び頭を深々と下げた。すると会議室は沈黙に包まれる。


 それから一分ほど経つと、エルドレッド様が口を開いた。


「もちろん許せないという者も多いでしょう。ですがこのとおり反省していますし、彼もまた被害者でもあるのです。ですからこの遺恨は聖導教会との戦争が終わるまでは一旦脇に置いておきませんか?」

「賛成です」


 ローレンスさんが真っ先に賛意を示した。すると会議室内の雰囲気がガラリと変わり、出席している人たちも次々と賛成し始める。


「では、そのようにしよう。さて、わざわざショーズィ殿を呼んだ理由だが、どうやら新たなる黒髪の戦士はショーズィ殿と同郷の者であることが発覚したのだ」


 その言葉に出席者たちは様々な表情をしているが、驚いている人が多いように見える。


「はい。私と黒髪の戦士、宮間は別の世界から聖導教会によって無理やり召喚されました」

「何!? 召喚だと?」

「一体どうやって!」

「分かりません。ですが私と宮間は同じ学校に通う同級生でした。それで私は聖導のしるしという呪いのネックレスをお守りだと言われて渡され、操られしまいました」

「呪いを解けばその黒髪の戦士も正気に戻るのか?」

「いえ、ダメでした。どうやらクラウディアという女性を利用しているみたいなんです」

「女か……それは厄介だな」

「まったくだ」


 そんなひそひそ話が聞こえてきた。するとそこにエルドレッド様が割り込んできた。


「そのクラウディアというのは、聖導教会の大聖女クラウディアです」

「なっ!?」

「それから召喚についてですが、どこからそれだけの魔力を得たのかについてはほぼその謎が解けました」

「本当ですか?」

「はい。ミヤマーが現れる直前に三人の聖女アリシア、ベアトリクス、エスメラルダが現在聖導教会の本拠地となっているサンプロミトの大聖堂へと入りましたが、その後姿が一切確認されていません。そのため、召喚には聖女の命を利用しているのだと推測されます」


 え? 命を……利用……?


「なんだと? 聖女とは聖導教会にとって大切な存在ではなかったのか……」


 エルドレッド様の言葉に会議室内がざわついた。するとローレンスさんがエルドレッド様に反論する。


「エルドレッド殿下、さすがにそれは論理が飛躍しすぎでは? 単に大聖堂での仕事をしているだけではありませんか?」

「いや、それはあり得ません。聖女はどうやら聖導教会が金を集める有力な手段となっています。ですが、三人の聖女について聖導教会は問い合わせにすら応じていません」

「では別の場所に……」

「聖女たちは非常識なほどに髪を長く伸ばしており、その長さは一人では移動することすら困難なほどです。彼女たちが生活しているのであれば必ずその周囲で人が動きます」

「ですが……」

「合理的に考えてみましょう。別の世界から人を召喚する対価として釣り合うものはなんでしょうか?」

「まさかそのような非道が……」

「え? じゃあ、俺が召喚されたときにも誰かが死んでるってこと!?」


 ショーズィさんはエルドレッド様の話を聞いて顔を青くしている。


「ショーズィさんにはその責任はありません」

「……そうかもしれませんけど」


 ショーズィさんは複雑そうな表情をしている。


 エルドレッド様はショーズィさんから視線を外し、ぐるりと会議室全体を見渡した。


「ただ、問題は召喚を何度でも行えることです。悲劇を繰り返させないためにも、一刻も早く聖導教会を倒さなければならないのです」

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