第133話 置き土産

「うおおおおおおお!」


 ショーズィさんが赤い斬撃を放ち、それを真っ二つに切り裂いた。だが二つに分かれたオレンジ色の球はそれぞれ爆発し、爆風が私たちを襲う。


「もういいよ。滝川くん」


 ミヤマーはそう言うと、私の目では全く見えない速さの攻撃をショーズィさんに放った。


 金属音が鳴り響くが……。


「ぐっ!? はぁはぁはぁ」


 突然ショーズィさんの動きが止まり、そこにミヤマーの剣が振り下ろされる。


「僕の勝ちだ」


 勝ち誇ったようにミヤマーが宣言するが、その瞬間私の脇を何かがものすごい速さで通りぬけた。


「ぐああっ!」

「ごっ!?」


 ミヤマーとショーズィさんが同時に悲鳴を上げた。


 ショーズィさんのものはミヤマーの剣が右の肩口に食い込んだことによるものだが、ミヤマーのものは……?


 ミヤマーはショーズィさんの血で濡れた剣を掴んだまま、左手で顔面を押さえてよろよろと後退した。


 その顔面からは鼻血がぼたぼたと垂れており、すぐ近くにはニール兄さんの壊れた義手が転がっている。


「うああああああ」


 ニール兄さんが作ってくれた隙をショーズィさんは見逃さなかった。右肩から血を流しながらも、左腕だけで剣を右から左に一閃する。


 ミヤマーはそれに気付いて後ろに下がったものの、ショーズィさんの一撃の間合いから逃れることはできなかった。ミヤマーの腹部から鮮血が流れ出る。


「くそっ! 僕は! ここで死ぬわけには! クラウディアを守るんだ!」


 そう叫んだミヤマーはなんと私たちに背を向けてものすごい速さで逃げ出した。


「え?」


 突然のことに私は呆然としてしまったが、急いでショーズィさんのもとへと駆け寄った。


「今、治します」

「う、ぐうぅぅ」

 辛そうにうめき声をあげるショーズィさんの傷をすぐさま確認する。


 これは……思ったよりも重症ではない。見た目はかなりひどいが、剣が骨を砕くまでには至っていない。


 これなら中治癒の奇跡で十分だ。


 私はすぐさま治療を始める。


「ニール兄さん、ありがとう」


 私は後ろに立っているであろうニール兄さんにそうお礼を言った。


「ああ」


 すると遠慮がちなニール兄さんの声が返ってきた。


「でも俺、ほとんど役に立てなかったな……」

「でもニール兄さんが義手を投げてくれなかったらきっとショーズィさんはやられていたし、私もミヤマーに連れていかれていたと思う。ありがとう」

「そうだな……」


 ニール兄さんはそう言ったが、その表情は寂しそうだ。


 やはり魔力の大きさの壁に絶望しているのだと思う。


 身体強化によって人の肉体は想像を絶する速さと力を得られるし、高い魔力があれば魔法で遠くを攻撃することだってできる。


 だからこそマクシミリアンさんのように魔力が低いのに……あ!


「ニール兄さん! マクシミリアンさんが!」

「え? そういえばマクシミリアン師匠は?」

「それが、私たちを逃がすために……」

「そんなっ! マクシミリアン師匠!」


 最悪の事態を想像し、私たちは顔を青くした。


「姫様、ワシを勝手に殺さんでくだされ」

「え?」


 ショーズィさんの治療をしながら後ろを見ると、なんとそこには疲れた様子のマクシミリアンさんの姿がそこにあった。


「ええっ!?」


 私は思わず治療の手を止めてしまった。


「姫様! ショーズィ殿が!」

「あっ!」


 私は慌てて治療を再開し、ショーズィさんの治療を終えた。ショーズィさんの表情は穏やかになっているのでもう大丈夫だろう。


 私が立ち上がるとマクシミリアンさんが隣にやってきた。


「姫様、お疲れ様でした」

「マクシミリアンさん、私てっきり……」

「ワシは姫様をお守りするのが役目ですじゃ。まだまだ死ねませぬ。とはいえ、もうワシの魔力も限界ですが……」


 マクシミリアンさんは疲れ切った表情でそう答えた。


「でもどうやって?」

「なに、魔力だけが戦いの勝敗が決まるのではありません。ワシの魔力はあの男はおろか、ニール殿ですらその足元にも及びません。ですが肉体と技を極限まで鍛え、必要な瞬間にだけ身体強化を使えばあのような技のない者に遅れは取りませぬ」


 マクシミリアンさんはそう言ってニカッと笑った。


「ニール殿にはワシのすべてを学んでもらいまじゃ。姫様をお守りする騎士が一人でも多く必要なのですからな。のう、ニール殿」

「……分かってますよ。今の俺じゃホリーを守れない。マクシミリアン師匠、よろしくお願いします」

「うむ」


 マクシミリアンさんが再びニカッと笑ったところで、南の空に巨大なオレンジ色の球が現れた。


 あれは、コーデリア峠のあたりだ。


「え?」

「なっ!?」

「まさか!」


 そのオレンジ色の球は徐々に大きくなっていき、空を覆いつくすほどの大きさになったそれはやがてこちらに向かって放たれた。


「あ……」


 これはもう無理だ。


 そう思った瞬間、私はニール兄さんに抱きしめられ、そのまま地面に伏せさせられた。


「ニール兄さん!?」

「大丈夫。俺がホリーを守るから!」

「でも!」


 ニール兄さんの温もりに包まれながらも私は視界の端で周囲の様子を確認する。


 オレンジ色の光があたりを照らし……。


 そして……。


 何事もなく通り過ぎていった。


「え?」

「どういうことだ?」

「いかん! あれはワシらではなく!」

「まさか!」


 私たちは慌てて立ち上がって巨大なオレンジ色の球を確認する。


 それは北のほうへと飛んでいき、徐々に小さくなっていく。


「え? 一体……」


 それからしばらくしてすさまじい光が見えた。それからすぐに巨大なキノコ雲が立ちのぼる。


 それから三十秒ほどですさまじい衝撃が私たちを襲った。


 ドーンというものすごい音と共に先ほどの戦闘で半壊していた建物が次々と崩れ落ちる。


「ひゃっ!?」

「ホリー!」


 私たちは屈んでその衝撃をなんとかやり過ごすのだった。

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